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時間外・成人式でした!

『時間外・二度目のクリスマスですね!』と同じ年の成人式。

成人式に、洋菓子店は必要ですか?

答え:それなりに必要です。


店内に入れば、祝日ということだけじゃなくて店長と姫先輩が忙しそうに動いている。


「いらっしゃいませ~」


会計中の姫先輩がこっちを見て挨拶をして、手元のおつりを確認してからもう一度こちらを見た。

二度見?


「あっ、ありがとうございましたぁ」


やたらと裏返った声でお客さんである振袖姿の娘さんとお母さんを見送るのに続き、いつもの『ありがとうございました』といいそうになって慌てて口を閉じた。

何か、つられるんだよね。


「お疲れ様です」


「ら、らららラッシー?」


歌ってますか、姫先輩?


「お客様が待っているので、お先にどうぞ」


私が従業員だと気付かないお客さんが待っているのを横目で見て、先に接客を頼めば姫先輩はヨロヨロしながら向こうへ行った。

大丈夫かな…姫先輩。


「ラッシー、いらっしゃい。ステキな着物ね、似合ってるわ。見せに来てくれたの?」


接客を終えた店長がやって来て、にこやかに褒めてくれた!

お世辞だってわかってても、うれしい。


「お疲れ様です、卯月さん。ありがとうございます!一応、見せに来たといえばそうですね」


成人式ということで、休みをもらったから振袖を見せに来たというのもある。

いや、しょせんは私だから特別見て楽しいものじゃないけど。


「あっ、これ。少ないですが皆さんで食べて下さい」


「あら、お赤飯?わざわざありがとう、いただくわ」


そうそう、これが本題なんだ。

持って来た紙袋を店長に渡して、中身を見てもらう。


実は二十歳の誕生日に、店からアントルメをもらったのだ。

大将は『試作のついでだ!』といってたけど、もらったことには変わりはないし、プレートにチョコペンでみんながそれぞれメッセージをケーキに付けてくれた。

私もそれにはものすごくうれしくて喜んだんだけど、持って帰ったアントルメを見た母がいたく感動してこうしてお返しすることとなったのだ。


「ラッシー!すごい!真子にも衣装だね!」


「…?はい、キレイな着物ですよね」


注文を受けた姫先輩が、ケーキを準備しながらたぶん、褒めてくれた。

ところで、“真子”って誰だ?


「たぶん、馬子にも衣装といいたいのだと思うのよね…」


会計をしようとレジへ向かう店長の呟きに、がっくりする。


「…振袖に着られている感があるのは、わかっていますから」


そうじゃなくて、姫先輩の頭のざんね…いや、何でもない。


「ご両親はいらしてないの?」


レジを終えた店長が、給湯室に紙袋を置いて戻りながら店内を見渡す。


「はい。今日は友だちと一緒に、車で送ってもらうことになってまして」


ハッとするけど、口から出た言葉は引っ込めることは出来ない。

『両親が送り迎えをしない』、『友だちと一緒』なのは別に知られても構わないけど、友だちの家族に送ってもらうにしてはいい回しが妙だ。

私の兄だと思ってくれたらいいんだけど…いや、そんな深読みすることじゃないからサラッと流されるか。


「あっ、あの!今日はお休みいただいてありがとうございます!混むときにすみません」


「確かに、内祝で使う詰め合わせは売れているわね。でも、一生に一度のことだから今日はお休みしていいのよ」


「そうそう!振袖姿も見せてもらえたし!」


接客を終えた姫先輩も加わって、完全に話題は逸れたと安心したのも束の間、彼女の付け足した一言に噎せることとなる。


「今日は祝日だから、あの人は来ないよね~│晴人はるとの先輩の結城さん?だっけ」


晴人というのは、姫先輩のカレシさんである。

竜宮たつのみやという、何だか格式高そうな名字を持つ彼は、よく店に来る常連さんの後輩君だ。


「見せたかったよね~こんなにキレイなのにぃ~。こういう普段とは違う姿を見せて、アピールしなきゃいけないのにぃ。残念ね!」


何も答えることが出来ず、ニヤニヤ笑う姫先輩から視線を逸らせば店長と目が合った。

彼女は微笑んで、駐車場へと視線を向ける。


…それからすぐに、私が挨拶して店を出たのは、時間がなかったからで決して敵前逃亡じゃない!


「おかえり!反応はどうだったの?」


助手席に乗り込むと、後ろの席から深みのある赤色の振袖を身に付けたみゃーこが問い掛けてくる。


「褒めてもらえたよ」


「いい職場ね」

「へっ。社交辞令だろ」


にこにこしながらそういってくれるしーちゃんは黒地に薔薇の振袖で、鼻で笑うムカつくサトはスーツ姿である。

これから四人で、成人式が行われる会場に車で一緒に行くのだ。


「神谷、みゃーこにきちんと振袖姿の感想いったの?」


「うっ…」


意趣返しってわけじゃないけど、気になっていたことを聞いたら想像してた通り、何もいってなかったようだ。

呻くだけのサトに、ついキツい口調になると、それを穏やかな声が横から宥めてくる。


「思っててもいわなければ、意味ないよ」


「まあまあ。無理矢理いわされても、それはそれで意味がないからな」


言葉にすること自体に意義があると内心思っていると、どうやらそれはサト自身も同意見らしい。

運転席からの取りなしの言葉に、若干ムッとした口調で返す。


「無理矢理じゃないっ!…ですよ」


少しの残っていた理性で、サトは語尾に付け足し足す。

運転している人が年上だったと思い出せたようで何よりだ。


「なら、いえるといいね~」


完全に他人事のなので、暢気に語尾を伸ばし、後部座席のしーちゃんとの話しに夢中でこっちのやり取りを聞いてないみゃーこを肩越しに振り返った。


「あー…」


楽しい(?)道中も、成人式の会場が見えて来て終わりを迎えた。

一時的に駐車する場所を探して車で移動していると、色とりどりの華やかな中で騒ぐ黒い人垣が目に付く。

見覚えがあるその集団に舌打ちしたくなっていると、サトの横にいるみゃーこが、窓に映った不鮮明な私の顔を見た。


「どうしたの?眉間にすごい皺が出来てるけど」


「会いたくない奴がいるんだよ」


流れていく景色…と、車内からでも聞こえる外のバカ騒ぎ。

非常に目立つ集団の中に、そいつがいるかと見てみるけど、みんな同じようなスーツ姿で似たり寄ったりな髪型で、よくわからない。


「あぁ、狭山君?もう、いい加減、変なことはいわないと思うよ?」


「…狭山君?」


しーちゃんは別のクラスだったけど、よく愚痴を聞いてもらってたから誰のことをいってたのかわかったみたいだ。

運転手の疑問に、私の代わりに答えてくれる。


「はい、中学の時に犬江さんと同じクラスにいた男子です」


「クラスのムードメーカーというべきか…」


みゃーこが言葉を濁しながら、説明に加わる。

ずいぶんと優しい表現に、当時のムカムカが甦ってきた私はやや乱暴な口調で吐き捨てた。


「ただのお調子者だよ。巻き込まれるこっちはいい迷惑!」


在学中の苛立ちを思い出すと、未だに苛立つ私は心が狭いのか。

サトはそう思っているのか、呆れたような声を出す。


「別にいいだろ。冗談だったんだし」


「冗談でも嫌でしょう?人前で、からかわれるんだから」


何でもないようにいう幼馴染みに、しーちゃんは咎めつつ私のフォローをしてくれる。

まあ、こういうのって同性の方が気持ちもわかりやすいかな。


「何かあったのか?」

「…たわいのない、イタズラです」


車を停める、ほんの数分間に掛けられた心配そうな声に答えることも出来ずにそんな簡単な言葉で返した。

いやだってさ、私だってそこまで自意識過剰じゃないよ?

相手は罰ゲームだからあんなことしたわけで、そんなわかり切ったことをいまだに根に持ってるなんてこの人には恥ずかしくていえないんだ。


「「「ありがとうございました!」」」

「ありがとう。お休みなのに、ごめんなさい」


車を停車させたのを確認して、一斉にお礼をいえば何てことないように彼は笑った。


「いや、俺がいい出したんだから気にするな。いってらっしゃい。四人共、お酒も程々に。楽しんできて」


「はい」


サトが素早く下りて、車の外でみゃーこが恐る恐る下りるのを手助けしてる。

…みゃーこは可愛くていいけど、何で手を握ったサトも赤面してるんだ。

付き合いはじめて、どれくらい経ってんだよ。

手を握って見詰め合って赤面する二人の横に、呆れ顔のしーちゃんが手助けなしでさっさと下りた。


「タマ」


そういうことにそつもなければ、照れもない彼は運転席からわざわざ助手席まで来て、もたもたしてる私に手を差し出す。

呼ばれるまま、差し出される手に手を重ねてゆっくりと誘導される通りにすれば、危なげなく下りることが出来た。


「キレイだよ」


裾がめくれていないか確認していれば、延ばされた手が襟巻きを整えてくれる。

躊躇もなければ、照れもない言葉に白地に手毬が刺繍されている振袖の裾を見て頷いた。


「振袖が」

「珠稀が、だよ」


元から返る言葉を予測していたかのようなタイミングで、彼はあっさりと否定した。


「だから、浮気の心配を俺にさせないでくれ」


「っ!!」


予想だにしていなかった言葉に、弾かれたように顔を上げれば、爽やかな笑顔がこちらを見下ろしていた。

ごく至近距離から見下ろしてくる笑顔と、言葉の意味にからかわれたのだと理解する。


「冗談いわないでよ!!」


文句をいってまだ襟巻きに掛かったままだった手を身を引いて振り落として、文句をいって背中を向けてズカズカ歩き出す。


「もう少し、お淑やかに歩けよ。あの人に幻滅されたら…」

「ああ!?」


「怖ぇよ!…って、真っ赤になっていわれても、あまり怖くないな」


うるさい!

「冗談じゃないんだけどな」

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