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時間外・二度目のクリスマスですね!

お仕事小説コン予選通過、ありがとうございます。お礼&クリスマス小説。

ジングルベル…が、聞こえない。


「生クリーム五号用のチョコプレートおぉぉぉぉっ!!」


忙しくて。

いえ、大将の声は聞こえますよ、はい。


ぴゃっ!?と飛び上がれば、怒声がすかさず飛んで来る。


「埃舞うじゃねぇかっ!ふざけんじゃねぇ!!」

「すっ、すみません!」


慌てて冷房を利かせたバックヤードへ、生クリーム用のチョコプレートを取りに行く。


「あいつ、昨日のうちに飾りに使うもの準備してねーのかっ!!」


厚いバックヤードの扉越しなのに、大将の怒鳴り声がよく通る。

一応、私にとって二度目のクリスマス。

一度目に比べれば、まだクリスマスの進行がわかってるつもりだ。

なので、きちんと去年同様に、前日までにそれぞれのケーキに使う飾りはまとめて一塊にして置いておいた。

チョコプレートの場合、個々にプレートが入ってるプラスチックのトレーから出して、ぷちぷち(衝撃吸収材)を敷いた箱に割れないように立てて並べておいた。

箱の外側には、中のプレートが何か印刷されているからそのまま並べるのに使えばいちいち中を改めなくてすむから楽だし、プレート自体は薄いために三箱分優に並ぶため場所を取らずにすむという利点があるのだ。

それを飾るときに手が届く場所に置いたのだけど、もう終わったとか?

…ありえない。


持って来たストック分のプレートを大将に渡しつつ、小言を頂いた私はアントルメ用の飾り置き場となっている場所を何気なく見る。

…ん?あれ、探してたプレートじゃないの?


近寄ってよく見れば、同じメーカーの別のデザインのチョコプレートだった。

同じメーカーなためか、箱の形や色だけでなく、中身のイメージを印刷してある場所も同じだ。

ただ、何度もいうがチョコプレートのデザインが違う。

そりゃそうだ、別のケーキに使うチョコプレートだからね。


…だけど、なんでこんなとこにあるんだか。

昨日準備したときは、使わないからってバックヤードへしまったはずなのに…。


振り向いたとき、たまたま目が合ったお松さん。

彼は大将とのやり取りと、私が見ていたチョコプレートの箱で察したらしい。


「バックヤードにあるのが、今日使うプレートだと思って入れ替えちゃった!」


てへぺろ☆

…って、まさか犯人はお前かーっ!?


「てめぇっ!キモい顔してんじゃねーよ!」


大将、注意すべきはそこじゃないっス!


そんなことを内心ツッコんでいると、厨房内の電話がなる。

今日なんて当日だから、『まだクリスマスケーキありますか?』という不安そうな声の電話がやたらと来るのだ。

不安なら、せめてもう少し前に電話予約してくれればいいんだけど…ねぇ。


店は混んでるようで、なかなか出る気配はない。

こっちは追加のプチケーキが気になるところだけど悲しいかな私は下っ端、誰かが電話に出ることを期待する立場ではなかった。

受話器を取り、電話に出るのが遅くなったことの謝罪をまずし、それから店名を名乗る。

二、三言しゃべった後、保留にした私は忙しくてイライラしてる大将に恐る恐る声を掛けた。


「あの…いま本店から電話で、飾り用のイチゴを分けてほしいとのことなんですが…」


こっちに向けられた大将の目は鋭く、殺気立っていた。


「ふざけんな!そっちで使う分はてめぇらで発注したんだろっ!足んなくなったからって、こっちに頼むんじゃねぇよっ!!こっちだってイチゴの量はギリだ!」


「すみません、こちらにはイチゴを送るだけの余裕がないので…えぇ、確認しましたが、無理です」


罵倒を標準語に変換し、本店の人に伝える。

去年の本店側によるイチゴ強奪(大げさ)事件が相当嫌だったのか、今年は本店とは別に直接業者に頼んで苺を送ってもらったのだ。

もちろん、届け先も本店を経由しないで直に届けてもらった。

早めに発注したのもあるかもしれないが、おかげでイチゴが足りなくてイライラすることもない。


しかし、まさか今年も本店はイチゴが足りないなんて。


「えっと…、発注した数が届かなかったんではなくて、足りないと?いえ、ですからこちらには余裕はないので。…はい?こちらも、アントルメもプチケーキも大量に作ってますし、売れているのは一緒ですが。はい、はい…えっ、なんですって?」

「犬江!いつまで話してんだ!とっとと電話切って、プチ出して来いっ!!」


いってることはわかるけど、無理ゆーなよ!


「もう取りに行った?そろそろこちらに着くって…」

「メリークリスマス!イチゴ、もらいに来ました~!!」


この忙しい時期でも、底抜けに明るい焼き菓子工場からの│助っ人《刺客》・ジョーさんの声が響く。

しばし、妙な沈黙が支配した後。

厨房では、別の意味での修羅場が勃発するのであった。




結局、取り敢えず必要分のイチゴを本店に渡して、渡した分は店に来ていた社長が近所のスーパーを回って買い集めたイチゴをもらうことになって修羅場は終結した。

ちなみに、社長が何故こんな忙しいときに顔を出したのかといえば、去年のイチゴ不足を大将の報告だけじゃなくて店長も別に社長に報告してくれてたから、様子を見に来てくれたらしい。

さすが店長!ありがとうございます!

まあ、イチゴがなければ特に売れるショートケーキが出せなくなるからね。


「犬江っ!」

「はいっ!!」


サンド用のイチゴをスライスしてたら怒鳴られ、怒られる心当たりはないはずなのにビビる。

怒濤のナッペをこなす大将の側へ行けば、チラッとスライスしたイチゴの量を確認した彼は顎をしゃくってスライス済みのスポンジを指していう。


「固めに立てた生でナッペして、イチゴ並べとけ」


ナッペというのは、簡単にいえば生クリームをスポンジに塗ることだ。

それはさすがにわかるけど、予想外の言葉に目が点になる。


「おい、返事はっ!!」


しかし、こっちの戸惑いなど時間の無駄だといわんばかりに怒鳴られる。


「はっ、えっ?は、はいっ!!」


「いいか、ムラなく│せよ。やれ!」


殴って誰かを│伸す《・・》わけじゃなくて、この場合は生クリームを平らにならすことを指す。


生クリームを入れたボウルを氷の入ったボウルに乗せて、生クリームをバサバサにならない程度に固く立てる。

中くらいのサイズのパレットナイフを準備して、緊張しながらスポンジの前に立つ。


私はアントルメに関しては、飾りは兎も角も後はせいぜいイチゴのスライスぐらいしかしたことがない。

当たり前だけど、スポンジのスライスもサンドの生クリームを伸したこともないのだ。

普段、『みんな忙しそうだから…』と、生クリームをスポンジに乗せようとしたらめっっちゃくちゃ、怒られるのにっ!

…いや、ろくに教わってない奴が勝手なことやったら怒鳴られるのは当たり前か。


だけど…いいのかな、やっても。

確かに、スライスしたイチゴを横で並べながら見てはいたよ?

やってみたいとも思ってたけど、いざ『やれ』といわれれば…緊張する。


「生の量はこれくらいだ。目安にしろ。あと、生の固さはこれくらいでいい。生が緩ければ、組んだときに後で崩れるぞ」


「はい、わかりました!」


見本通りに生クリームをスポンジに乗せ、パレットナイフを握る。

ふるふる震える手で、均等に平そうとするんだけど、上手くいかない。

あまり何度もやれば生クリームは固くなって、口当たりが悪くなるし…。


「手前が薄いよ…うん。俺、プチの生絞ってから交代するよ」


アントルメを飾って仕上げてた川ちゃんが、ショートケーキを切るための湯煎を準備しながらアドバイスをしてくれたんだけど、最終的には『あっ、こいつ駄目だ』的な顔で交代を申し出る。

…うん、一台も出来てなかったからね。


「…すみません」


肩を落とせば、『へんっ』と如何にも小馬鹿にしたような鼻で笑う声。


「へたくそ!まだまだだなっ!ハハハハハッ!」


苛立つことなく、むしろ何故か上機嫌で大笑いする大将。

…腑に落ちないけど、まあご機嫌が直ったようでようございますです、ハイ。




「じゃあ、先にあがりま~す」

「お先です」


お松さんと川ちゃんの挨拶に、販売の人と一緒に挨拶をする。

クリスマスだからと、製造も今朝はだいぶ早く出勤したのだけど、追加や何やらしてるうちに普段の退社時間も随分と過ぎていた。

お客さんは閉店時間まで来るとはいえ、追加はもう作らなくていいからね。


と、いうか十二月って“師走”だけあって忙しく、最近はずっと朝早くて夜遅いから早く帰りたいんだよね、私事だけど。

眠いっ!


「あれー?鳩山さんはどうしたんですか?」

「もうとっくに、挨拶して帰ったよ」


つゆりん、目が死んどる…。

つーか、あの大将の大きな声もわからない程、疲労困憊してるのか。

お疲れさまです。


「ラッシー、遅くまでありがとう。そろそろ、上がってもらって大丈夫よ」


店長だって疲労困憊しててもおかしくないのに、相変わらずにこやかに退社を促してくれる。

うん…私だって、他の製造の人に比べたら出勤は遅かったけど、販売の人に比べたら随分と早くに出勤したよ。

そういうわけでつゆりん、そんな顔をしても私は帰るぞ!


「恨むんなら、貴崎さんを恨みな!」

「裏切り者おぉぉぉっ!!」


「ん?なぁに?」


ひょっこり給湯室から顔を出した姫先輩は、不思議そうな顔をしてる。

忙しくて昼休憩が時間通り取れず、挙げ句の果てに残りの時間を最早│お茶の時間ティータイムも軽く過ぎてるようなときに取ってる姫先輩。


戦力たる彼女がいないことで取り乱してるつゆりんだけど、わざわざ休憩室じゃなくてここで休憩してるんだからいいじゃんか。

あと、一時期より落ち着いたとはいえお客さんはいるから落ち着いてよ。


「それでは、お疲れさまです。お先に失礼します」


つゆりんがギリギリと、歯軋りをして悔しそうにしてる。

とはいえ、店長と姫先輩の二人に倣って挨拶を返してくれた。

へへへっ、悪く思うなよ?な~んてね。


「あっ、ちょっと待ってラッシー」


タイムカードに退社時間を押してると、店長に『まて』をさせられた。

大人しく『まて』をしていれば、予約のクリスマスケーキを置いてある冷蔵庫から見覚えのある箱を持って来た。

箱のデザインごとで中身が違うから、店長が手にしてる状態でも中身を確認しなくてもわかる。

ヘタなし、切ってないまるの状態のイチゴが数個とサンタクロースの砂糖菓子とトナカイ型のクッキー、クリスマスツリーのピック、チョコプレートで生クリームの絞り。

サイズは四、五人で食べるのに手頃な十五センチの五号。

商品名は生クリームの五号だ!

そのまんまな、わかりやすい名前だね!


「あれですか、ボーナスという…」

「ウフフ」


店長は優雅に笑うだけだ。

その様子に、本当にこれがボーナスかと思って引く。


「冗談よ」

「はぁ…」


あっさりそう返した店長だけど、私は疑わしげに箱を見るばかりで受け取らない。

だって、受け取ったらボーナスもらえないかもしれないしっ!

店長が困った顔をしたから、結局はすぐに受け取ったけど。


「犬江家で予約した日は、明日ですよ?」

「わかってるわ。…もちろん、ボーナスでもないの。これは、予約していただいたケーキよ」


胡乱な目で見る従業員に、店長はきちんと説明してくれる。


「予約分というと、今から届けに行けばいいんですか?」


普段、生のケーキの配送はしていない。

だから何かお客さんからクレームがあったのかと不安になってたんだけど、どうもそうじゃないようだ。


「クレームではないわ。代金のお支払いは済んでるから、このまま渡してもらえば大丈夫よ」


それはよかった。

ホッと安堵するが、すぐに首を傾げる。


「そうですか…では、どなたにお渡しすればいいのでしょうか」


店から歩いて五分もしないとこに住む、常連のおばあちゃんだろうか。

最近、足腰の痛みがひどいっていってたし。

しかし、どうもその人でもないらしい。

いったい、誰!?何で店長は勿体ぶってるの!?


「着替えてから、外に出ればわかるわよ。じゃあ、お疲れ様」


「はぁ…お疲れ様です。お先に失礼します」


腑に落ちないながらも、これ以上聞いても答えてくれなそうでだから、受け取って帰ることにする。

手早く…クリスマスなのに特にオシャレでもない暖かさが取り柄の長袖になり、コートを羽織って外に出る。

ケーキも忘れずに、ね。


「さーきちゃん、メリークリスマス!!」


って、ギャーッ!?ドアを開けたらおまわりさん、痴漢ですっ!!


「人違いだ。離せ」


ベリッ音がしそうな勢いで、へばり付いてきた人を引き剥がしてくれたのは常連さんだった。

大変どうでもいいが、へばり付いてきたのは後輩くん。

どんなに軽くてチャラい態度を取っても普通に接していた常連さんだったけど、今は見たことない冷たい目を後輩くんに向けている。

そりゃそうだ、後輩くんが目の前で痴漢行為を働いてるんだからね。


「「違うっ!!」」


常連さんは強い調子で、後輩くんは慌てながらそう主張する。


「いえ、早姫ちゃんだと思ってたんです!店員さんに抱き着いたわけじゃないよ!」

「そういう問題じゃないっ!先にすべきことがあるだろ!」


「ごめんなさい、早姫ちゃん!これは浮気じゃないんだ!」


何これ、忘年会にでもやる漫才の練習か?


「いえ、わかってますから。貴崎さんもわかってくれますよ」


つーか、大丈夫か後輩くん。

こんな態度で、取引先とかできちんと対応出来てるの?

なんか『わかってる』の一言で、安心してるけど謝らなくていいとはいってない。

あと、姫先輩はまだ店の中で後輩くんの弁明は聞こえていないはずだ。


「このような場所で、どうされましたか?」


訳:人気のない従業員出入口で何やってんだ。


「早姫ちゃんを待ってるんだ!」


うん、知ってた。

しかも、クリスマスだからね。

どうせこの後、小洒落たレストランかなんかで食事するんでしょー、このリア充たちめ!


常連さんを見れば、目が合った彼は溜息を吐いた。


「こんな浮かれ具合ですから、何か周囲に被害が出ないようにしようと着いてきたのですが…」


プライベートな時間まで後輩くんのフォローに回るなんて、本当に哀れだ。

しかも、残念ながらすでに私という被害者は結局出てるし。


「結城さんも、こんなとこまで俺に着いてこないでもいいのに。カノジョがいないなら、家に帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」


後輩くんは、少しも悪びれた様子も見せない。

保護者同伴を嫌がるだけ嫌がっているけど、心配されてるのは自分の態度が原因だと思っていないのがまるわかりだ。


ついイラッとする他人でしかない私とは違い、たぶん仕事中は始終行動を共にしなければならない常連さんは慣れてるのか諦めてるのか、苦笑するだけで後輩くんのいうことを肯定した。


「そうだな。なら、先に帰るか」


えっ、一歩間違えれば変質者か怪しい人を放置ですかっ!?


「ただ、ここじゃなくて店内で待ってろよ。外は待つには寒いからな」


あと常連さんはいわなかった、『暗がりに立ってると怖い』というのも心の中で勝手に付け足しとく。


先輩からのアドバイスに、すぐに会えないのが嫌だと不満そうにしている。

だけど、さすがに暗くなってきて寒さが増したからか、素直にいう通りにするようだ。


「じゃあ、店内で待つことにします!お疲れっした!」


パッと明るい顔で宣言した後輩くんは、社会人にあるまじきことにまともに先輩に挨拶することなく身を翻してクリスマスソングが流れる店内へと入って行く。

一瞬の出来事だった。


ポカンとした私はそのまま見送り、常連さんは苦笑するだけだ。

やっぱり、慣れていらっしゃる。


「…暗いので、送りましょう」


「へっ?あっ、はい」


思わず『お願いします』と頭を下げて、首を傾げる。

いやいや、帰る時間に暗いのはいつものことだし。


「あぁ、ケーキありがとうございます。電話で店長に伝えてはあったのですが、わざわざどうも」


あー…、なるほど、だから店長は帰ろうとしてた私に渡したのか。

店長の不可解な態度の理由に納得していると、その間に手に持っていたケーキ箱はあっさりと常連さんの手に渡った。


「予約されてましたっけ?」


相手か歩き出すのに合わせて歩き出し、店の前を通って大通りに出る。

ショーウィンドウに飾られた小振りなクリスマスツリーの端から店内を覗く。


店内ではつゆりんがテンパり気味に動き回り、姫先輩が華麗に後輩くんを躱しつつ接客して、お客さんを見送って顔を上げた店長と目があった。

店長は私の隣で歩いてる常連さんに視線を向けて、こっちに視線を戻してにっこりと笑って小さく手を振ってくれた。

なるほど、さっき店から常連さんたちが見えたのか。

手を振り返して、遅くなっていた歩みを早めていつもの帰り道を二人で歩く。


「してませんよ。予約してたのは、シロです」


大通りに出てから、常連さんがさっきの質問に答えてくれたけど、丁寧な口調の彼の口から出た聞き慣れた呼び名に頬がヒクッとなった。

嫌な予感…。


「相手の家で手料理をごちそうになるからって、どうも先回りして予約したらしくてね」


曰く━━シロこと我が愚兄は、カノジョさんとクリスマスの夜を過ごす予定であった。

カノジョさんは今夜のため、手によりを掛けて食事を用意してくれるらしいのだが、それはケーキも範囲内に入っているらしい。

手作りケーキの失敗を恐れた兄貴は、うちの店でケーキを予約しておいたそうだ。

正確にいえば、兄貴が恐れたのは失敗したケーキではなく、失敗したことに落ち込むであろうカノジョさんを、である。

…兄貴のカノジョさんとは顔を合わせたことがあるけど、ケーキの失敗ぐらいでそんな恐れる程に落ち込む人には思えないんだけど。


まあ、そんな私の予感は的中してクリスマスケーキの予約が何かの拍子にバレて修羅場になったらしい。


考えればわかるだろうに、余計な心配…しかも失敗すると頭から決め付けていた━━のせいで、カノジョさんはマジギレ。

当然の結果ながら、今夜の約束はなくなり、原因になった生クリーム五号は代済みなため受け取らないわけにはいかず、こうしてここにあるという。

…我が兄ながら、アホ過ぎる。

今まで兄貴の予約に気付かなかったのは、私の休みにでも注文に来たからで、偶然バレたのは店に取りに来る人の変更を聞いて店長が気を利かせたからで、兄貴としてはこんな恥ずかしい話は妹にしたくなかったのだろう。

やれやれだ、まったく。


「そう責めない。あいつ自身、すでにこの上ないほどヘコんでるから、勘弁してやって」


「いやー…、巻き込まれた方はそういうわけにはいかないでしょう?だいたい、このケーキはどうするんです?」


脱力と共に、だんだんお互いの口調が砕けてくる。

まあ、店からずいぶん離れたからいいか。


「一応、このままシロのとこに持ってく」


食べるのか、うちの兄貴が。

ションボリと肩を落として、ホールのケーキを一人寂しくつつく姿を想像したら虚しくなった。

どうせなら、おいしく食べてもらいたいものだ。


「…カノジョさんに、電話してみます」


ささやかながら、フォローぐらいはしてやろう。

そうすれば、無駄にケーキが消費されずにすむかもしれないし。


何といってフォローしようきと考えながら、なんとなく伸ばした指が骨張った指に絡め取られてしっかり握られた。


「そうしてやって」


微かに笑う気配は、いったい何に対してなのか。

兄貴のアホっぷりに対して笑っているのだと思いたい。


まさか、慌てふためく姿を笑われてるわけじゃないよね?

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