トリュフと兄貴。
テンパリングしたクーベルチュールを少し手に付け、その上で丸めたガナッシュを転がす。
そのまま、ココアの入ったバットに入れてまんべんなくガナッシュの周りに付ければ完成。
テンパリングは難しくて少し仕上がりが不安だから、ココアで隠してしまう。
いわなきゃ、分からないよね?
ガナッシュをどんどんトリュフに仕上げていきながら、横からケーキクーラーへと伸ばされた手を払う。
まったく、油断も隙もない。
「タマ、少しはお兄さまを労れよ」
払われた手を振りつつ、そう自分でいうのは兄貴の志良だ。
神経質そうな眼鏡男である兄貴は、事務職のせいで肌は白く、もやしみたいに細い身体をしてる。
友だちにはシロと呼ばれていて、『シロ、タマ』とまとめて呼ばれると犬猫の様だ。
「だからって、人にあげる分渡せって?」
今作ってるのも、冷ましてるのも渡す相手が決まってるものだ。
勝手に食べられたら困る。
「冗談に決まってるだろ。ったく、面白味に欠けることいいやがって」
…カチンときたから、クーベルチュールが付いた手を眼鏡に近付けてやった。
奴の本体である眼鏡は危険を察知したらしく、慌てて眼鏡置きを動かして手を回避した。
「チョコは付いたら落ちねーんだよ」
「知ってるに決まってんだろ、眼鏡置き。ふざけたことをまだいうなら、付いたチョコ落とすために熱湯かけてやろうか?」
湯煎に使ってた湯をちらつかせれば、しおらしく謝ってきた。
もう20代も後半のくせに、威厳も何もない。
「お前、本当に口悪いな。人と話してるとき、大丈夫かよ。タマだけに、猫はきちんと被れてるか?」
ニヤッと笑うが、そこは敢えて突っ込まないで無視する。
手をよく洗って、綺麗にしたらラッピングをする。
トリュフはみゃーことしーちゃん、ついでにサトの分を小さい袋に入れる。
職場の人には、販売一同からの連名で既に既製品が準備済みだから、大丈夫。
販売の人たちと食べれる様、色気がないけどタッパーに入れて別にしておく。
「余計なお世話。接客なんだから、気を付けてるよ」
お客さんには、きちんとした言葉遣いをしてる。
…それ以外は、微妙なところだけど。
それぞれラッピングしたものを、紙袋に入れる。
明日忘れない様に、メモでも貼っとくかな。
「明日はバレンタイン当日だが、遅くなるのか?」
メモを準備してると、そんな言葉を投げ掛けられて、私は首を傾げた。
いままで、そんなこと聞かれたことなかったけど、何かあるのか?
「別に、当日で忙しいのケーキ位だよ。定時には上がれるけど、何かあるっけ?」
バレンタイン当日にもチョコは売れるみたいだけど、ほとんどはそれより前に出てるから、在庫はそんなにない。
追加はしないから、後はケーキだけだと聞いてる。
でも、何か約束や予定があったか思い出せない。
「せっかくのイベントなんだから、真っ直ぐ帰ってくるなんてもったいないだろ?いっそ、帰って来なくてもいいぞ。俺から、お袋たちにいっておいてやろうか?」
にやにやする兄貴に、冷たい視線を向ける。
「余計なこと、いわなくていいから」
兄貴にそんなことを頼んだら、どんな騒ぎになることやら。
勉強面では秀才だったらしいこの兄だけど、何故か私生活ではその片鱗すら見せたことがない。
『そんなこといえば、こうなるって分かるだろっ!』と思ったことは、何度もある。
「変なところで、変な気を回すから、彼女を怒らすんだよ」
あっ、凹んだ。
無神経なのは通常装備だけど、それを気にしてるのか気を回そうとしては空回ったりして相手を怒らせる。
だいたい被害者は付き合ってる彼女さんで、その次は大学時代からの友だち。
ちなみに、私には気を回しているんじゃなくて、ただ単に面白がってるだけだ。
「…それ、余ったのあげるからさ。それでも食べて、元気出しなよ。それから、きちんと謝ってきな?」
余ったトリュフを指すと、兄貴はボソボソと何かを…たぶん、お礼だと思う…をいってのろのろとトリュフを口に運ぶ。
すっごい暗くて、重いオーラを垂れ流してる。
私の腕は兎も角、いい材料を使ったものがこんな風に消費されていくのは、少々複雑な気分だった。




