生チョコと勘違い。
リボンを巻いて、完成!
箱全体は白で、生チョコが入ってる中は赤の、シンプルなケースをまじまじと見る。
大将が作って切ってくれた生チョコを、ココアパウダーの中に投入して、余分な粉を払って箱詰めする。
箱に詰めるのが意外に大変で、箱が白いからココアが目立って仕方ない 。
中箱に入れるときも、生チョコのサイズギリギリだから、少しずれるとチョコの表面のココアが剥げてしまったりした。
でも、そんな苦労も完成品を見れば、報われる。
ひとり、にやにやしつつ他の生チョコの包装を続けていると、よく知ってるふたりが来店した。
ひとりはしーちゃんで、まあわからなくもないけど、もうひとりには違和感がある。
「いらっしゃいませ。どうしたの、すごい場違いだけど」
「客に対する第一声がそれかよっ!」
冗談のつもりだったんだけど、過剰な反応だなぁ。
自分でも場違いだと思ってるのか、それとも恥ずかしいのか、そわそわと落ち着きがない。
しーちゃんの付き添いかもしれないな。
「何を探してるの?」
この間会ったばっかりでも色々話したいと思ってたけど、何だかサトが可哀想だからしーちゃんに声を掛けた。
でも、返事はもうひとりから来た。
「小さい箱に入ったものが欲しいんだ」
意外な方向からの要望に、少しびっくりする。
「ちょっと、アバウト過ぎだよ。焼き菓子の詰め合わせでいいの?」
小さい箱って、焼き菓子の詰め合わせかクッキーの詰め合わせ、パイの詰め合わせがあるけど…と考えてると、完成したばかりの生チョコを持ち上げて、徐にひっくり返そうとしている。
「ひっくり返さないで!中は生チョコなんだからっ!」
慌てたせいで声を張ってしまい、サトはビクッと箱を落とし掛ける。
しっかり掴み直したおかげで落下を免れて、ふたりで安堵する。
「悪い。何が入ってんかと思って」
どうやら、裏の材料を見たかったみたいだ。
名前が分からなければ、確かに何が入ってるか箱だけじゃ分からないな。
でも、商品をひっくり返すのは止めて欲しい、中身が崩れる!
ゆっくり、箱を下ろしたのを見届け、やっと緊張から解き放たれた私は、しーちゃんがいつの間にか移動していたのにやっと気が付いた。
さっきまでの私たちのやり取りは、眼中にな…い?
「ところで、生チョコとトリュフの違いって何かなぁ?同じ材料を使ってるよね?」
しーちゃんが小首を傾げて、問い掛ける。
視線の先にあるショーケースの中には、バレンタイン期間限定のプチケーキがあるけど、その飾りは粉糖が掛けられたトリュフだ。
「えーと、生クリームとクーベルチュールと…うーん」
突然の質問に、答えに詰まる。
冷静になれ、直接作るのには関わらなかったけど、手伝ったんだから。
姿勢を正して、改めて質問に答える。
「湯煎に掛けたクーベルチュール…つまり、チョコと沸騰させた生クリームを混ぜてガナッシュを作るのは一緒だね。この生チョコは、更にバターを入れてるけど、ハチミツを入れるとこもあるみたい。板状に固めてココアをまぶすのが生チョコ。丸くして、テンパリングしたクーベルチュールをまぶして、粉糖やココアを掛けるのがトリュフ。形も、キノコのトリュフを象ってるしね」
まぁつまり、ガナッシュ自体は一緒だけど、より手間が掛かってるのがトリュフということだ。
大将やお松さんがやっていた工程を思い出しつつ説明したけど、納得してくれたかな?
「へぇ、そうなんだ!すごい手間が掛かってるね」
「あぁ、そうだな。つか、真面目に仕事してると、ちゃんと洋菓子店の店員に見えるな」
よかった、私の拙い説明でもわかってくれたみたいだ。
しーちゃんは、キラキラした目でショーケースを覗き込んでる。
しかしサト、お前は一言余計だ。
そんなやり取りの後、しーちゃんはプチケーキ、サトはさっきの生チョコを買ってくれた。
一応、あの生チョコはバレンタイン仕様だけどあれか、しーちゃんへの逆チョコってことか。
だったら、プチケーキも買ってあげればいいのに。
「おい、さっきから何にやにやしてんだよ。気持ち悪い」
嫌そうな顔で、何失礼なこといってんだっ!
「いつもいつも、失礼だなっ!そんなんじゃ、いつかしーちゃんに愛想尽かされるよ」
ムカついたのと、少しの忠告を含めていえば、サトは間抜けな顔をして固まってしまった。
「…あの、前からいおうと思ってたんだけどね。勘違いしてるよ?」
苦笑する、しーちゃん。
えっ?どういうこと?
「私たちは付き合ってないし、サトが好きなのはもちろん、私じゃないよ」
「俺が静琉と?ありえねぇよっ!」
しーちゃんとほぼ同時に、復活したサトが全力で否定する。
その必死な様子が、正直…怖い。
どれだけ、否定したいんだよ。
「幼馴染みだから、仲はいいよ。だけどもう、存在が当たり前過ぎて“付き合う”っていう発想自体がないの」
そういうものなのかな?
恥ずかしくて、そんなことをいってるのかと思ったけど、しーちゃんの目は嘘をいっている風でもない。
サトに至っては、必死に否定してたし。
えっ、じゃあ私は結構な期間、勘違いしてたってこと?
…うわっ、恥ずかしいっ!
さっ、叫んでこの恥ずかしい気持ちを紛れさせたいいぃぃっ!!
今ですら、恥ずかしいのに、しーちゃんは攻撃の手を緩めず、追い討ちを掛ける。
「もう、てっきり知ってると思ってたよ。だってサト、都ちゃんにだけは態度違うから、わかりやすいかと」
私の幼馴染みの名前に、私は油の切れたオモチャみたいなぎこちない動作で、サトを見る。
そっぽを向いているサトの耳は、真っ赤になっていて、むしろ素直に彼の気持ちを物語っていた。
ははっ、確かに、みゃーこにだけ態度が違っていたのは知ってたよ。
前にお菓子の作り方聞いたのも、買ったばかりの生チョコも、全部みゃーこのためだったってことだよね?
…私も、顔が赤くなってるかもしれない。
もちろん、サトとは違う意味で。




