表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある洋菓子店、下っぱ従業員の日常  作者: くろくろ
ショコラに添えて
31/40

生チョコと勘違い。

リボンを巻いて、完成!


箱全体は白で、生チョコが入ってる中は赤の、シンプルなケースをまじまじと見る。

大将が作って切ってくれた生チョコを、ココアパウダーの中に投入して、余分な粉を払って箱詰めする。

箱に詰めるのが意外に大変で、箱が白いからココアが目立って仕方ない 。

中箱に入れるときも、生チョコのサイズギリギリだから、少しずれるとチョコの表面のココアが剥げてしまったりした。


でも、そんな苦労も完成品を見れば、報われる。

ひとり、にやにやしつつ他の生チョコの包装を続けていると、よく知ってるふたりが来店した。

ひとりはしーちゃんで、まあわからなくもないけど、もうひとりには違和感がある。


「いらっしゃいませ。どうしたの、すごい場違いだけど」


「客に対する第一声がそれかよっ!」


冗談のつもりだったんだけど、過剰な反応だなぁ。

自分でも場違いだと思ってるのか、それとも恥ずかしいのか、そわそわと落ち着きがない。

しーちゃんの付き添いかもしれないな。


「何を探してるの?」


この間会ったばっかりでも色々話したいと思ってたけど、何だかサトが可哀想だからしーちゃんに声を掛けた。

でも、返事はもうひとりから来た。


「小さい箱に入ったものが欲しいんだ」


意外な方向からの要望に、少しびっくりする。


「ちょっと、アバウト過ぎだよ。焼き菓子の詰め合わせでいいの?」


小さい箱って、焼き菓子の詰め合わせかクッキーの詰め合わせ、パイの詰め合わせがあるけど…と考えてると、完成したばかりの生チョコを持ち上げて、(おもむろ)にひっくり返そうとしている。


「ひっくり返さないで!中は生チョコなんだからっ!」


慌てたせいで声を張ってしまい、サトはビクッと箱を落とし掛ける。

しっかり掴み直したおかげで落下を免れて、ふたりで安堵する。


「悪い。何が入ってんかと思って」


どうやら、裏の材料を見たかったみたいだ。

名前が分からなければ、確かに何が入ってるか箱だけじゃ分からないな。

でも、商品をひっくり返すのは止めて欲しい、中身が崩れる!


ゆっくり、箱を下ろしたのを見届け、やっと緊張から解き放たれた私は、しーちゃんがいつの間にか移動していたのにやっと気が付いた。

さっきまでの私たちのやり取りは、眼中にな…い?


「ところで、生チョコとトリュフの違いって何かなぁ?同じ材料を使ってるよね?」


しーちゃんが小首を傾げて、問い掛ける。

視線の先にあるショーケースの中には、バレンタイン期間限定のプチケーキがあるけど、その飾りは粉糖が掛けられたトリュフだ。


「えーと、生クリームとクーベルチュールと…うーん」


突然の質問に、答えに詰まる。

冷静になれ、直接作るのには関わらなかったけど、手伝ったんだから。

姿勢を正して、改めて質問に答える。


「湯煎に掛けたクーベルチュール…つまり、チョコと沸騰させた生クリームを混ぜてガナッシュを作るのは一緒だね。この生チョコは、更にバターを入れてるけど、ハチミツを入れるとこもあるみたい。板状に固めてココアをまぶすのが生チョコ。丸くして、テンパリングしたクーベルチュールをまぶして、粉糖やココアを掛けるのがトリュフ。形も、キノコのトリュフを象ってるしね」


まぁつまり、ガナッシュ自体は一緒だけど、より手間が掛かってるのがトリュフということだ。

大将やお松さんがやっていた工程を思い出しつつ説明したけど、納得してくれたかな?


「へぇ、そうなんだ!すごい手間が掛かってるね」


「あぁ、そうだな。つか、真面目に仕事してると、ちゃんと洋菓子店の店員に見えるな」


よかった、私の(つたな)い説明でもわかってくれたみたいだ。

しーちゃんは、キラキラした目でショーケースを覗き込んでる。

しかしサト、お前は一言余計だ。


そんなやり取りの後、しーちゃんはプチケーキ、サトはさっきの生チョコを買ってくれた。

一応、あの生チョコはバレンタイン仕様だけどあれか、しーちゃんへの逆チョコってことか。

だったら、プチケーキも買ってあげればいいのに。


「おい、さっきから何にやにやしてんだよ。気持ち悪い」


嫌そうな顔で、何失礼なこといってんだっ!


「いつもいつも、失礼だなっ!そんなんじゃ、いつかしーちゃんに愛想尽かされるよ」


ムカついたのと、少しの忠告を含めていえば、サトは間抜けな顔をして固まってしまった。


「…あの、前からいおうと思ってたんだけどね。勘違いしてるよ?」


苦笑する、しーちゃん。

えっ?どういうこと?


「私たちは付き合ってないし、サトが好きなのはもちろん、私じゃないよ」


「俺が静琉と?ありえねぇよっ!」


しーちゃんとほぼ同時に、復活したサトが全力で否定する。

その必死な様子が、正直…怖い。

どれだけ、否定したいんだよ。


「幼馴染みだから、仲はいいよ。だけどもう、存在が当たり前過ぎて“付き合う”っていう発想自体がないの」


そういうものなのかな?

恥ずかしくて、そんなことをいってるのかと思ったけど、しーちゃんの目は嘘をいっている風でもない。

サトに至っては、必死に否定してたし。


えっ、じゃあ私は結構な期間、勘違いしてたってこと?

…うわっ、恥ずかしいっ!

さっ、叫んでこの恥ずかしい気持ちを紛れさせたいいぃぃっ!!

今ですら、恥ずかしいのに、しーちゃんは攻撃の手を緩めず、追い討ちを掛ける。


「もう、てっきり知ってると思ってたよ。だってサト、都ちゃんにだけは態度違うから、わかりやすいかと」


私の幼馴染みの名前に、私は油の切れたオモチャみたいなぎこちない動作で、サトを見る。

そっぽを向いているサトの耳は、真っ赤になっていて、むしろ素直に彼の気持ちを物語っていた。


ははっ、確かに、みゃーこにだけ態度が違っていたのは知ってたよ。

前にお菓子の作り方聞いたのも、買ったばかりの生チョコも、全部みゃーこのためだったってことだよね?

…私も、顔が赤くなってるかもしれない。

もちろん、サトとは違う意味で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ