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ある洋菓子店、下っぱ従業員の日常  作者: くろくろ
ショコラに添えて
30/40

パレショコラと争奪戦。

丸く、厚みのないアルミの型にお松さんが、チョコを流し入れる。

きっちりテンパリングされたチョコは、艶やかで綺麗だ。

流し入れられたチョコを、型を軽く揺すって均等にし、そこにナッツやドライフルーツを飾るのが私の仕事だ。


「ラッシー、焦らなくても大丈夫だよ。1個ずつ飾ってから次のを均等にすればいいからね」


「…はい」


うんざりした、おざなりな返事になってしまったが、もう何回も同じことをいわれればそうもなる。

確かに、この間手伝ったときに流したチョコ全部にマカダミアナッツならそれを全部に飾り、それから次のを飾るというやり方をしたのだけど、チョコが固まり掛けてふたりで慌てたことがあった。

流したチョコの枚数が少なかったのが幸いして、何とかなったけどもそれ以来、手伝うたびにお松さんにいわれる。

もちろん反省はしてるから、何にもいわないけど。


いま、私が手伝っているのはパレショコラというバレンタイン用の商品だ。

パレショコラの“パレ”には、整えるなどの意味があるけど、この場合は飾るという意味で使われる。

つまり、飾り付けされたチョコと、訳すのかな?


「それじゃあ、次は…」


飾り終えたパレショコラを、水気のないところに仕舞っていると、何やら裏口が騒がしい。

『何だ?』と、ふたりで顔を見合わせていると、そちらのドアが勢い良く開いた。


「おっはよー!」


元気に挨拶がされたのだけど、された側の私たちはポカーンとしてて、ろくな反応が出来なかった。

ドアを開けた状態で、片手を挙げているのは見覚えのない女の人だ。

お松さんと同じ年位のその人は、コックコートを着ているのだが…。

口調に聞き覚えが気がするけど、私は思い出せずにいた。


「ラッシーだよね?はじめましてー、工場のジョーです!」


「えっ?あぁ、ジョーさんですか?」


電話で話してたけど、実際に会うのははじめてだ。

自己紹介をお互いにし、ジョーさんが(じょう)朱鳥(あすか)という名前だとはじめて知った。

両親はまさか、明日の…いや、なんでもない。


「いやー、電話口では随分と落ち着いてるから、ラッシーは私らと同じ年代だと思ったんだけとを、こんなに若かったんだねー!」


ハイテンションなジョーさんは、豪快に笑う。

私もジョーさんの年齢が、想像していたのと違ってびっくりだよ。


「焼き菓子の遅れた分、届けに来ましたー!」


番重を渡され、そのまま表の販売員へ渡しに行く。

渡し終わって戻ると、何故かお松さんが冷蔵庫の角に追いやられていた。

追い詰めていたのはジョーさんで、お松さんの腕に引っ付いてる。


「ちょっと、離れてよ〜」


お松さんが逃げようとしているけど、いい方だけ聞いてると嫌がってる様には感じない。

女子高生同士の『ちょっと、やーだぁ〜』みたいな感じだ。

顔はかなり嫌がってるが。


「いいじゃん。本当は嬉しいくせにぃ〜」


だけどジョーさんは、にやにやしてて取り合わない。

今日は川ちゃんは休みで、大将は家にレシピを忘れたらしく、昼食ついでに取りに戻ってていない。

私じゃたぶん止められないや、あのテンションじゃあ。

お松さんの目が、さっきから助けを求めてるけど見なかったことにした。


「こ・れ。バレンタインはまだ先だけど、あげるね〜ホワイトデーのお返しは…うふふ〜」


なっ、何か、最後の一言が怖いんだけど!

お松さんも怖いのか、慌てた様子で差し出されたチョコを断ろうとしていた。


「いいよ、いらないから!」


「も〜、恥ずかしがらなくてもいいのに」


攻防戦は、最終的にはお松さんのコックコートの間にチョコを捩じ込むことで終結した。

ただ問題が、コックコートに捩じ込んでいるときに戻って来た大将がそれを目撃したことだ。


普通なら、どうってことないだろう。

『職場でやるなっ!』位はいうかと思ったけど、ジョーさんが工場に帰るまで睨むだけで始終無言だった。

それで終われば良かったが、仕上がったチョコ全ての端っこをお松さんに食べさせようとしていた。

断ろうとしたらしたで、『俺のショコラは食えねぇのかっ!』と、怒鳴っている。


酔っ払いのセリフだよね、それって。

と、いうかそんなこというきっかけは、ジョーさんだよね?

パティシエのプライドからか、それとも自分の部下が取られそうで嫌だからとか?

訳が分からないよ。


大将vsジョーさんによる、お松さん争奪戦の火蓋が今日、切って落とされた…のかも、しれない。



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