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お願いしよう!

特に探すでもなく、カウンターが見える位置で本を読んでみゃーこを待つことにしたけど、そんなに時間の掛からないうちに彼女はやって来た。


「ごめんごめん、読み(ふけ)ってたよ」


そういってみゃーこは、文庫本を持ってカウンターに置いた。


「神谷くん、お願いします」


「い、いらっしゃい」


ボソボソいいながら、バーコードを読み込んでいくサトだけど、何か私やしーちゃんと話してるときと違うよな。

よそよそしいというか、愛想が更にないというか。

いや、私に対しても愛想は皆無だけど。


「前に教えてもらった小説、面白かったよ。だから、同じ作者の本買ってみたの」


店名の入った袋を受け取ったみゃーこは、それを差して笑顔でいう。


「あぁ、そうか。よかった」


サトも笑顔を作りけど、何か固い。

大丈夫か、こいつが接客して。

みゃーこを見習え!


「ありがとう、またおすすめ教えてね」


…というか、いつの間に本のおすすめ教えてたんだ。

まったく、それが出来るならもう少し愛想良くすればいいのに、今更緊張する様なものでもないだろうに。


変な奴だなーって思ってると、サトはそんな考えに気付いたのか眉間に皺を寄せてこっちに来る。

怖いし、近い!


「おい、ポチ。静琉の鞄に入ってるクッキーって、お前が作ったんだよな?」


声を潜めてサトがいった言葉を反芻し…って、どこ見てんだよ!


「そうだけど。いくら仲の良い幼馴染みでも、そんなとこジロジロ見んなよ」


おっと、つい口が悪くなってしまった。

周りを見るが、サトに倣って小声だったからみゃーことしーちゃんには幸いにも気付かれた様子もない。

ふーっ、よかったよかった。

サト、何で引きつった顔で後退るんだよ。


「お前、口悪いのどうにかならないのか?どうでもいいが。…それで、クッキーは佐古さんにも渡したんだよな?」


ふたりに渡したのは、私が作った抹茶クッキーを渡した。

フードプロセッサーを使って生地を作り、棒状に成形した簡単なクッキーだ。

成形は、仕事でやるのより量が少ないから楽に感じた。

…まあ、仕事じゃないから楽に感じただけかもしれないけど。


「当たり前だよ、ひとりにだけ渡すわけないでしょ」


「まぁ、そうだよな。それじゃあ、佐古さんは甘いもの好きなのか?」


「うん、好きだよ。さっきもケーキ食べて来たところだし」


そういえば、毎年バレンタインにはチョコを贈り合ってるな。

今までは市販のチョコだったけど、今年は店で作ったのにしようかな?

直接私が作るわけじゃないけど、手伝うから…いや、それでも市販は市販か?


「なぁ、菓子作りって簡単に出来るのか?」


「ものによるけど…。分量と、手順を間違えなければね」


あと、レンジとかの火加減だな。

あれを失敗すると、生焼けだったり焼き過ぎたしするから。


「分量…目分量じゃ、ダメか?」


「ダメに決まってるだろっ!」


軽く頭を叩いとく。

何かいい音がしたけど、本当に軽く叩いただけだからね!


「いてぇよ!」


「ふざけたこといってるからっ!1グラムでも計量ミスったら、ものが台無しになるんだよ!わかってるのか!」


睨みながらいえば、サトもさすがに反省したのか『わっ、悪かった』と素直に謝った。

理解してくれたみたいで、嬉しい。


「何か作りたいの?」


「あっ、あぁ。簡単そうなので、教えてもらえると助かるんだが…」


へ〜、どんな心境の変化なんだか。

まさか、サトってオトメン?スイーツ男子?

まあ、いいか。


「じゃあ、作り方また後でメールするよ。ただ、仕事用のじゃなくて、市販の本に載ってるのだから」


ん?そもそもそれじゃ、私が教える必要ない気がする。

パソコンでも携帯でも、今時いくらでも調べられるし。


「よろしく頼む」


…このときの、暢気な私はまだ知らない。

レシピを送ったのにも関わらず、いちいち細かいことで電話が来ることも、甘いものは好きだが失敗作を食べさせられ過ぎてしーちゃんから苦情が来ることも、ついには匙を投げて菓子作り禁止をサトにいい渡すことも。

それはさておき。


約束して、店を出ようとした私は余所見をしてて入店したお客さんにぶつかりそうになる。


「すみませ…ん?」


謝ろうと向いた先には、昨日2度も見た顔があった。

びっくりした表情をしたその人は、直ぐに通常運転に戻る。

つまり、笑顔なのだが、焦っている私はそれどころではない。

彼が口を開く前に、弁解させてもらいたいっ!


「私、ストーカーじゃありませんよっ!!」


私の後ろで、誰かが吹き出した。



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