ケーキを食べよう!
マーケティングや、心理学のことが書いてありますが、完全に偏見です。ゆる~く、読み飛ばして下さい。
「市場調査…マーケティングリサーチっていうんだっけ?それって、学校でやることなの?」
私が聞いていることは、幼馴染みのみゃーここと、佐古都が大学でやっていることについてだ。
「そんな、大したものじゃないけどね。ひとつの売り場に、どんな年齢のひとが多いとか、性別を分けてみればどうなるかとかを、グラフにしてみたりするの」
みゃーこは心理学を専攻しているのだけど、これもその一環らしい。
売り場で扱う商品はもちろん、売り場自体の色合いや雰囲気も大切らしい。
確かに、色合いや雰囲気は以外に大切だと思う。
別のケーキ屋だけど、店の雰囲気が明るく、店内はパステルカラーで統一されていて、飾り用の小物も可愛く飾り付けされた店があるんだけど、あそこの利用者は若い女の人が圧倒的に多い。
逆に、私が勤めている『Cadeau』は照明は少し落としていて、店内も茶色やワインレッドの様な落ち着いた色合いで統一してある。
落ち着いた雰囲気だから、年配のお客さんが多い。
「あー、成る程。店の雰囲気がお客さんに与える印象と、それが集客にどう影響するかを調べるから、心理学に括られるのか!」
納得する答えが見つかり、すっきりした私は、ケーキの最後のひと切れを口に入れた。
うーん、おいしい。
「それが分かれば、集めたいお客さんの年齢層に合ったお店作りが出来るね」
紅茶片手に相槌を打つのは、しーちゃんこと早重静琉。
中学のときに、みゃーこを通じて仲良くなったんだけど、同じ年に見えない程に落ち着いた娘だ。
ちょっと、店長に通ずる雰囲気がある。
しーちゃんの話を聞いて、何となく昨日の常連さんたちのことを思い出す。
あれももしかしたら、市場調査だったのかもしれないかぁ…。
ぬるくなったコーヒーを飲み干し、そんなことを考えていた私がみゃーこを見ると、彼女の皿に乗っていたモンブランがいつの間にかなくなっていた。
しーちゃんの皿は既に空になっていて、残りの紅茶を飲んでいるところだ。
「そろそろ、行こうか?」
「そうだね」
「ご馳走さまでした」
支払いは最初にしてあるから、私たちは荷物を持って席を立つ。
店員さんの綺麗なお辞儀と『ありがとうございました』という挨拶を背に、私たちは店を後にする。
しばらく歩いた私たちは、店から離れたところで溜め息を吐いた。
「緊張した〜何だか、場違いな感じじゃなかったかな〜」
いまいたお店は、シックな雰囲気の如何にも高級感が漂う洋菓子店で、私たちが入るには勇気がいるところだった。
さっきの話しじゃないけど、雰囲気だけで気圧されてしまった。
「あんまり、長居出来る雰囲気ではないよね」
しーちゃんのいう通りだ。
でも、ドリンクバーがあるようなファミレスなら兎も角、ケーキ屋のイートインはそういった長居したい人たちを想定してはいないと思う。
「それで、ケーキの味は参考になりましたか?パティシエのタマさん〜?」
からかう口調のみゃーこに、慌てて手を振る。
「いやいや、パティシエって名乗れる程じゃないしっ!!」
別に、職場の人がいるわけじゃないけどさ。
私なんかが“パティシエ”と名乗ってたのを、例えば大将に知られたらと思うと…ブルブル。
「他の店では、こんなものを作っているんだな〜って参考になったかな?名前は同じなのに、形が違うのとかあるし!」
ショートケーキやモンブランは、だいたい同じ形をしてるけどね。
しーちゃんが食べてたレアチーズだって、うちの店で出してるのと違って楕円形だったし、形が違えば飾りも違う。
店の雰囲気に合わせた商品にしてるんだと思うんだけど、最初は違う店に同じ名前のケーキが置いてあってビックリしたことがあった。
…名前を、無断で拝借したと思って。
勘違いして、スミマセンとこっそりと謝った。
「キラキラしてて、宝石みたいで綺麗だし、次の試作のときにちょっとは意見出せるかも」
前の試作の前段階で、珍しく意見を求められたのにも関わらず、録な意見をいえなかったのだ。
やっといえたのは色のことで、『そんな色じゃ、食欲わかないだろ』と一笑されるに終わった。
食欲を減少させる色だとわかってたけど、カカオが多い艶やかなショコラの黒や、爽やかで甘酸っぱいカシスの紫だって、本来はそれに当たるんだからいいと思ったのに、はぁ…。
「青って、爽やかでいいと思ったのに」
「寒々しいよ、今の時期」
「何を使って色を出すの?」
呆れるみゃーこと、首を傾げるしーちゃん。
まっ、まあ、そこまで考えてなかったから、突っ込んで聞かないでください。
「それで、味の方は参考になった?」
そもそも、ランチの後でわざわざ移動してまで食べに行ったのは、純粋に食べたかったのと、仕事のためというふたつの理由があった。
見た目だけじゃなくて、味も参考にしないと意味がない。
「えぇと……」
言葉に詰まった私が口にした感想は、仕事で少しでもケーキに関わってる人間の科白じゃなかった。
「おっ、おいしかった…です」
そういった瞬間の、ふたりの視線が痛かった。




