お疲れさまです。
ロッカーに脱いだコックコートやらを仕舞い、ロッカールームから顔を出す。
お客さんがいるから、出来るだけ見えない様に気を付ける。
「卯月さん、お疲れさまでした。明日、休みですのでよろしくお願いします」
いや別に、私にお願いされる様な立場の人じゃないのはわかっているけど、まあ挨拶みたいなものだ。
察して欲しい。
「あっ、そうか、珍しく土曜日が休みだったね」
そうなのだ。
私は製造の下っぱであり、販売員補欠という変な立場である。
他の人の調整をした結果、『休みの場所がこの日しかない』といったことがある。
本来なら忙しいはずの土曜日だが、そういった都合で今回は休みになった。
それを知った私は、シフト表が出来た日に、直ぐに友だちと遊ぶ予定を立てたのだ。
「ゆっくり休んでね。じゃあ、お疲れさま」
「お疲れさまです」
もう1度挨拶をして、裏口から外に出てバス停を目指して歩く。
吐く息が白く、指先は歩いているうちに冷たくなってきた。
手同士を擦り合わせて暖を取るが、それでは対して暖かくならないから、近くの店に入ることにした。
クラシックの流れる店内に入り、私は一息吐く。
暖かく、コーヒーのいい香りに癒された。
このコーヒーショップは、全国展開している有名チェーン店ではないけど、おいしいと評判なのだ。
バス停より少し歩いたところにあり、私はまだ入ったことはなかったが、静かで落ち着いた店内に、好感が持てた。
期間限定のものを頼み、出来上がるまで席を確保しよう。
小腹が空いたから、何か食べたい気もするが、甘いものしか置いていないらしく、断念した。
いつも甘いものを食べているから、しょっぱいものが食べたいのだ。
キョロキョロと席を探す私は、自分が呼ばれてることにまったく気が付かなかった。
まあ、『あの』とか『ちょっと』じゃあ、気付かないのも無理はないと心の中で弁論してみる。
『店員さんっ!』に至っては、この店の店員さんが反応してたし。
「てんい…犬江さん?」
疑問形で呼ばれた私に、名前を呼ぶ相手に心当たりはない。
こっちこそ疑問符を浮かべながら、声の方を向けば、そこにはまだスーツ姿の後輩くんがいた。
「いらっ…こんばんは」
いつもの癖で、『いらっしゃいませ』といいそうになった。
危ない、危ない…。
「こんばんは〜いま、仕事上がりなんだ?」
「ええ、まあ」
お客さんと外で遭遇すると、何か気まずい気がするのは私だけか?
相手の後輩くんは、特に私の態度を気にした様子もなく、普通に話している。
「俺たちもよく来るんだけど、犬江さんも他の店員さんたちとよく来るの?」
この店の話しは、姫先輩から聞いたっけ。
先輩自身は友だちと来ることが多いらしいし、その話を聞いたつゆりんも学校帰りに寄ったらしい。
『いい店だよね〜』と、和気あいあいと話してて、その様子に和んだ。
「一緒に来ることはありませんが、この店の雰囲気がいいと聞いていたんです」
確かいい店だし、ひとりで入りやすいところもいい。
ファミレスとかじゃ、ひとりでゆっくり出来ないからこういったところは貴重だ。
…しかし何故、この後輩くんは得意気な顔をしているんだ?
店の話をしていただけなのに。
「そうだよね!いい店だよね」
心なしか前のめりになっている後輩くんとは逆に、私は一歩後ろに下がる。
接客業に就いていながら、本当は対人スキルが著しく低い私は、どう対処すべきかわからない。
ウザ…いやいや、人懐っこいのはいいんだけど、そろそろ解放してくれないかな。
困っていると、後輩くんの後ろに影。
ゴッ
「相手が困っているのが、わからないのか」
呆れた顔をして、そこに立っていたのは常連さんだ。
救世主は、こちらに向かって申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。
「すみません、うるさくて」
「いいえ、大丈夫です」
“うるさい”というとこは、否定しないでおいた。
「いってぇ。ユウキさん、殴ることないじゃんか」
「教育的指導です。それに、殴ってない」
後頭部を押さえて呻く後輩くんに、常連さんはにべもない。
確かに常連さんがいう通り、殴らないでトレーの角で頭を突いただけだからね。
この人も大変だな、後輩くんの世話をしなくちゃいけなくて。
「ユウキさん、じゃあ後ひとつだけ!ひとつだけ質問したい!」
内心、もう勘弁して欲しいと思いながら話を聞く。
「さっきレジしてるときに、キョロキョロしてたけど、何を探してのかな〜って。何か、注文しようとしてたみたいだからさ」
そこから見てたの?
もう少し早く声を掛けてくれたら…って、掛けてくれたのに、私が気付かなかったのか。
確かに、客と店員という程度の知り合いだけど、そんな姿を見たら不審に感じるよなぁ。
「甘いもの以外が食べたいな、と思っていたんですよ。」
姫先輩も、お茶の時間に煎餅片手にいってたな、ここは甘いものしかないって。
「軽食も、もう少しあればいいんですけどね」
顔を見合わせる常連さんたち。
何なんかわからないけど、取り敢えず注文したものを持って待つ、店員さんに悪い気がする。
行ってもいいのかなぁ…と、思う16:20のことだった。
後日談だけど、この店の軽食が増えたのが密かに嬉しかった。
要望が多かったのかと、私たちは勝手に話しているけど、実際はどうなんだろうな?




