午後のお茶の時間です。
明日の準備と掃除を終え、午後の休憩をとる。
ここでは、午前午後のお茶の時間が少しと、お昼の休憩がある。
午前のお茶の時間は、仕事が一段落してから、製造は厨房の端で、販売は簡易キッチンでそれぞれが一緒にとる。
だけど、午後のお茶の時間は、各自が別々にとっている。
帰る時間がまちまちだから、どうしてもそうなってしまうのだ。
「ラッシーはさぁ、やっぱり年上の落ち着いた男の人が合うと思うんだよねぇ」
店長は発注があるから、先に休憩を取り終え、私と姫先輩のふたりでお茶を飲む。
お客さんがいないから、店内とを隔てるドアは開いていて、焼き菓子の日付をシールを貼っているつゆりんにも、話が聞こえている。
「あれっ、前に貴崎さんは犬江さんの彼氏は同じ年の方がいいっていってませんでしたか?」
よく覚えてたな。
確かにつゆりんがいうように、姫先輩は以前、私の彼氏は同じ年がいいっていっていた。
姫先輩曰く、私は落ち着き過ぎて若さが足りないらしく、騒がしくて引っ張ってくれる様な人がいいらしい。
…若さが足りないって、余計なお世話だ!
「うーん、そう思ってたんだけどねぇ。やっぱり、落ち着いた人との方が、緊張しないで話せるみたいだし?ほら、あの常連さんとかさ〜」
まあ、その通りだけど。
女子校に通ってて、男のいない生活をしていたせいか、年上や年配の人なら大丈夫だけど、年が近い人はどうも苦手だ。
職場も、1番年が近い川ちゃんだって年上だし。
例外はいるにはいるけど、あいつは友だちが手綱を引いてるせいか平気だ。
むしろ、男としての認識がない。
それにしても、何でさっきから常連さんの話をしてるんだろう?
「もし、ラッシーが常連さんと仲良くなれば、あの後輩くん紹介してもらえるじゃん!」
えっ、そんな理由?
「いやいや、お客さまとそんな仲良くなれるわけ、ないじゃないですか」
「大丈夫、そーいうこともあるよ!店員とお客さんが付き合うとか!」
どこから来るんだ、この自信。
私は姫先輩みたいな肉食系じゃないんだから、仕事以外の対応が出来ないと思う。
そもそも、あっちとしてはいい迷惑だろうなぁ。
「そういえば、何で犬江さんは“ラッシー”って、犬みたいに呼ばれてるんですか?名前にそれらしきものが、ない気がしますけど」
…つゆりん、いきなりすごいスルースキル発動しないで。
話題が急に変わって、びっくりしたよ。
マイペースなのか、天然なのか、それともさっきまでの話題に飽きたからなのか、判断に困る。
姫先輩が、ちょっと拗ねて唇を尖らせてるけど、つゆりんは気にしていない。
いや、気付いていない…のか?
「あ〜、うん。犬って苗字だから、犬っぽい呼び名にしようって大将がいい出してね」
そういえば、つゆりんはそのときまだこの店にいなかったか。
つゆりんこと雨宮つゆりは、ちょっとポッチャリした眼鏡女子だ。
因みに、私と同じ年で、ここには専門学校が終わってからバイトしに来てる。
いままでは、仕事を覚えるのに忙しく、そんなこと気にならなかったのかもしれない。
「ポチは中学のときに呼ばれてたし、シロと呼ぶには白くない。ハチは某少女漫画の主人公のひとりのアダ名だし。そんな感じでしたよね?」
拗ねている姫先輩に話を振ると、キラッと目を輝かせて話に乗ってくれた。
「うん、パトラッシュじゃ長いって、じゃあ名犬ラッシーでいいやってね〜」
『いいや』って、それはそれでやっつけ感が漂う。
別に、そんな風に思うなら、あだ名を考えなくてもいいんどけど。
普通に名前でいいと思うんだけど、大将に下の名前で呼ばれるのもなー。
「さすがにタマじゃ、猫の名前ですもんね」
にっこり笑うつゆりんに、悪意はたぶんない。
15:55、猫の様な名前で友だちに呼ばれている私こと珠輝は、乾いた笑い声しか出せなかった。




