時間外・クリスマスイブです!
サブタイトル→聖夜前夜と書いて“せんそう”と読む。もしくは、イチゴ争奪戦。
クリスマスを純粋に楽しめるのは、子どもと恋人がいる人たちだけだと思う。
サービス業…しかも、ケーキ屋勤務なら、楽しむどころじゃない。
どこが聖夜だ、戦場の間違えじゃないのか!
「犬江!生クリームはまだかっ!!」
大将の怒鳴り声に、私は慌ててケンミックスを覗く。
「いま、持って行きます!」
「どんだけ待たせんだ!早くしろっ!!」
生クリームがないことを、使い終わってからいったのはどこの誰だ。
せめて、半分位でいってくれたらもう少し早く渡せたのにっ!!
「すみません、お待たせしました!」
「ちんたらやってんな!このアホ!」
持って行ったミキサーボウルを奪われた私は、若干殺意を覚えた。
ギリギリ奥歯を噛み締めて、何とか耐える。
そうじゃなきゃ、罵声が飛び出しそうだ。
「ラッシー、イチゴはどこ?」
「左の冷蔵庫の左下が、飾り用のイチゴです!」
フルーツの置場所は、搬入時にみんなにいったはず。
あと、置場所を決めたのはフルーツの発注担当のお松さんだ。
飾り用のイチゴを持って、私は川ちゃんに渡す。
「どうぞ!」
私に聞かないで、自分で探して欲しいな!
「ショートケーキ、切り終わったよ。パーチ取りお願いね」
「はい」
白板の上には、たくさんのショートケーキ。
まだ、パーチ(セロハン)が巻かれていないものだ。
…それがまだ何枚もあるからうんざりする。
「先に仕上げた分、出して来て」
「はい…」
いわれた通り、トレーに乗せて出しに行く。
「いらっしゃいませ」
店内はすごい人だかりだ。
ショーケース前には、注文する人だかり。
レジの前は、会計待ちの列。
一体、これだけの人たちはどこから来てるのかなぁ?
「あっ、店員さーん。注文お願いします!」
え、私か?
周りを見るけど、販売の人はみんな忙しく動いてる。
「はい、お待たせしました」
「えーと、ミカはどれにするー?」
「あたしはー、これとこれとこれでぇ、迷ってるの」
「じゃあ、全部買っちゃうか!」
「まーくん、それじゃあ太っちゃうよぉ」
「いーじゃん、その後に運動すれば」
「きゃー!えっちぃ!」
「……」
うっわ、うぜぇ。
イチャイチャしてないで、注文決まってから声を掛けてくれ。
これが、『リア充、爆発しろ!』という感情なんだな、納得。
注文を受けて、次の人から注文される前に素早く戻る。
まだ、追加分のケーキ出来てないし。
「犬江、いつまで表に出てるんだ!」
いや、怒鳴られてもお客さんに声掛けられたら無視出来ないって!
「ラッシー、目線合わせなければ、お客さんに声掛けられないよ〜」
お松さんは、出てないからそんなこといえるんですよ。
そんな心の声が聞こえたのか、お松さんはケーキを出しに出る。
数分後。
窓から見た店内は相変わらずの盛況ぶりなのに、どう考えても接客してきた感じでないお松さんは直ぐに戻って来た。
…そのドヤ顔、イラっとしますね。
はーっ、溜め息を吐きながら、パーチ取りをしていく。
これがクリスマスイブだなんて、明日の本番はどーなるんだ?
「何でイチゴがないんだっ!本店に電話して、確認してみろっ!!」
「はっ、はいっ!!」
慌てて、本店の厨房に電話を掛けるお松さん。
お松さんが何をいってるのかはわからないのに、受話器からは向こうの声が聞こえるんだけど、もしかして怒鳴ってる?
何か、嫌な予感しかしないんだけど…。
「あっ、あの〜向こうに確認したら、向こうに届いていたらしいですが、あっちも使いたいらしくて……」
私と川ちゃんは、そっとふたりから離れた。
大将の米神がピクピクしているのは、気のせいじゃないっ!!
「バカかっ!何のために、必要分を計算して発注してるんだっ!あいつらのために、やってんじゃねーんだよっ!!」
「すみませんっ!!直ぐに取りに行きます!!」
「当たり前だ!!」
BGMは定番のクリスマスソング。
それが白々しく聞こえるのは、何故?
はーっ、もう1度溜め息を吐いて、明日を思う。
明日、私は無事に終われるのだろうか。
プチケーキの上のサンタが、にっこりと微笑んでいた。




