店長は教育中です。
「ラッシー私ね、あの常連さんの名前知ってるよ!」
休憩から上がった姫先輩の第一声。
常連さんって、さっき来てたスーツの男の人ふたりのどちらかということか?
他に常連客と呼べそうな人は来てないし、たぶんそうだと思うけど。
「常連さんって、あの箱入りの焼き菓子を買って行った、スーツを着たふたり組のお客さんですか?」
「そうそう、そのふたりだよ!ラッシーは知ってた?」
いや、知らない。
領収書を書くときも、いつも『上』としか書いてないから、会社名すら知らないなぁ。
それに、予約でも受けない限り、名前なんて知るタイミングがないような。
今日の会計は姫先輩がしてたから、そのときにでも聞いたのか?
「知らないですね」
「そうなんだ?」
嬉しそうな顔をした姫先輩は、少し勿体振る様な素振りで間を開けて、親切にも教えてくれた。
「上様っていうんだよー」
…その瞬間の私と、黙って聞いていた店長の心境は察して欲しい。
『上様』って、名前じゃないよ。
自信満々でいる姫先輩に、後輩の私が突っ込むことも出来ず。
「バースデーケーキのご予約ですか?」
これ幸いと、お客さんのところに向かう。
店長と目が合ったから、視線で後を頼んでおく。
従業員の教育は、店長の役目ということで!
「いつご入り用ですか?」
アントルメを選んでもらい、使う日を聞く。
「明日の11時頃なんですけど」
明日の11時か。
大丈夫だと思うけど、確認してみるか。
窓を覗けば、中にいたお松さんと目が合った。
「明日の11時頃にアントルメの予約が入りそうですが……」
厨房に入ると、もうお松さんしかいない。
時計を見れば、もう15:08だから後のふたりは定時に上がったのかな?
「あぁ、それなら大丈夫だよ〜明日の朝、伝えておくから安心してね」
本来なら、お松さんも上がってなきゃいけないけど、今回は助かったな。
わざわざ、電話して確認とらないといけないからね。
「お待たせしました。明日の11時、予約を承ります」
メッセージを決めてもらって、お客さんには名前など必要な部分を書いてもらう。
会計は明日するそうだから、そのままお客さんに控えの伝票を渡した。
「ありがとうございました。明日、お待ちしております」
お客さんを送り出したら、残りの伝票を、店の控えと厨房内の控えとそれぞれの場所に置いておく。
こうすれば、少なくとも2人の人が当日、注文の品を確認出来るから、間違いがない。
このシステム考えて人、すごいなー。
「ラッシー、僕もそろそろ帰るよ。あとはメッセージ書きと、洗浄機や厨房内の掃除だけだから、お願いね」
「わかりました、お疲れさまでした」
お松さんに挨拶して戻ると、困り顔の店長と不思議そうな顔をした姫先輩がいた。
…もしかして、教育は失敗ですかね、店長。




