時間外:いい夫婦の日ですね!
『手洗い~』から『常連さん~』とは、別の日です。
奥さん、もしくは旦那さんに不満はありますか?
「あるに決まってるだろっ!」
そういって、お嫁さんの色々な不満を並べるのは大将。
大将のお嫁さんは姫先輩と同じ年で、1度会ったことがあるけど、サバサバしたいい人に思えた。
ただ、少々大雑把なところがあるみたいだったけど。
「嫁さんには、よく子どもと遊んであげてっていわれるな」
朝早くて、仕事終われば直ぐ寝ちゃうらしいから、難しいよね。
お嫁さんがいいたい気持ちも川ちゃんにはわかるみたいだけど、仕事柄仕方ないし、あまりいわれたくないのかも。
「私はあまり、ないかなぁ」
店長はないらしい。
でも、『あまり』って、付いてるってことは、多少はあるんですよね?
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ケーキのショーケース前で、お客さんが固まっている。
パリッと糊のきいたスーツを着た、恰幅のいい4、50代の男の人が、もう数十分は微動だにしていない。
具合でも、悪いのかなぁ?
「お姉さん、ケーキを見繕ってくれないか?」
他のお客さんも帰った後で、手持ち無沙汰で立っていた私に、男の人はそう声を掛けた。
返事を返して、メモを持ってショーケースの前に回り込み、お客さんの隣に立つ。
「ご予算か、ご希望のものはありますか?」
さっきの注文じゃ、ちょっと大雑把だし。
「いや…、俺は甘いものが苦手で、ケーキっていえば、丸いのしか知らん。だがまさか、こんなに種類があるとは思わなくてな」
確かに、甘いものが苦手でまったくわからないって人もいるね。
種類も、そんな人にとっては悩む程あるから、困るのも無理はないなぁ。
頼まれて、わからないながらにこうやって買いに来る人も珍しくないし。
「では、当店の売れ筋と、期間限定のケーキを紹介しますね」
説明して、よかったらそれを詰めよう。
もしお客さんが鬱陶しいと思うようならやめて、それこそ私のおすすめを渡せばいいか。
幸い、オーソドックスなショートケーキから説明すると、このお客さんは熱心に聞いてくれた。
説明の途中で気になったものがあったらしく、視線が向かったケーキも紹介して注文を聞く。
お客さんは、1番最初に説明したショートケーキと、お客さん自身が見ていたガトーショコラを買ってくれた。
「家内が、甘いものが好きなんだ。たまには、買っててやろうかと思ってな。今朝、ニュースでやってて…」
ああ、私も同じニュース見た!
だから、このお客さんは慣れない洋菓子店に来たんだな。
照れ臭そうに笑うお客さんに、私はにっこり笑い返した。
「いらっしゃいませ!」
いまのお客さんと、入れ違いに来店したのは、いつもと同じくスーツ姿の常連さんだ。
彼はすれ違ったお客さんと私を交互に見てから、こっちに向かって微笑んだ。
「なんだか、嬉しそうですね」
「はい、素敵だな〜と、思いまして」
だって、今日に奥さんのことを考えて好きなものを買って帰ろうと思ったんだから!
「今日は、なんの日か知ってますか?」
「今日…ですか?11月22日は…あぁ」
わかってくれたらしい。
「不満はきっとあるかもしれないですが、こういう日はちょっと忘れて欲しいですね」
「そうですね。今日は、『いい夫婦の日』ですから」
ふたり、顔を見合わせて笑い合った。