ジャムを裏ごしします。
「おはよーございまーす」
休憩をとってから暫くして、気の抜けた挨拶をしたのは、販売員の姫先輩だ。
派手でない程度に茶色に染めた髪は、まだひとつにまとめただけで、アイメイクがバッチリなキツめに強調された目は、眠そうに細められている。
女の人らしい丸みを帯びた身体はしっかり制服を着ているが、心なしかふらついていた。
それでも、大好きなリボンのパーツでデコったネームプレートや、ボールペンは手に持っている。
エプロンをロッカーに忘れることがあっても、それらは必ず持って来るあたりは、なんだかすごい。
「おはようございます、貴崎さん。今日も眠そうですね」
厨房のスライドドアを開けて顔を出した姫先輩は、私が声を掛けると眠そうな目でこちらを向いた。
顔の輪郭が丸いからか、背の高さが160センチよりも低いせいかはわからないけど、童顔な姫先輩が更に幼く見える。
「ん〜、うん」
眠そうな返事だな…。
姫先輩は、貴崎 早姫さんという。
平仮名にすれば『きさきさき』って、両親は冗談みたいな名前を付けたな〜。
姫先輩というあだ名は、『早姫』という名前を知る前に脳内で付けたものだ。
音だけで『きさき』という名字を『妃』と勘違いして、『お妃様よりも姫のイメージだな』と思って付けた。
ふらふらしながら、ドアを閉めて店に出る姫先輩だけど大丈夫か?
もともと、低血圧らしく毎朝のこととはいえ、ツラそうだ。
まあ取り敢えず、姫先輩のことは置いといて、仕事の続きをしよう。
いまは、お松さんの手伝いをしているところだ。
『手伝い』といっても、ラズベリージャムを裏ごしするだけの仕事だけど。
ボウルの上に、裏返しにしたこし器を被せて、滑らない様に濡らしたダスターの上に置く。
ラズベリージャムの詰まったバケツを持って来て、そこから少しずつとってゴムベラでこす。
かなり力が必要で、量が多いとなかなか裏ごせない。
裏ごしたラズベリージャムは、ケーキの中に仕込んだり、飾りに使ったりする。
あっ、これが終わったら、ジャムのペンを作らないと。
透明で薄くて大きいシート…OPPシートというらしい、を小さく切って角笛に似たラッパ型にくるくると巻いてジャムを入れる袋を作る。
そこに、こしたジャムを入れて封をして、尖った部分を切ればペンになる。
この袋をコルネというのだけど、同じ様に作って中味をチョコレートにすれチョコペンという。
チョコペンのことは兎も角、いまはジャムをひたすらこすことに専念しないと……。
まだ、10:58か〜
地味な仕事だから、時間が経つのが遅いなぁ。
コルネ…角笛という意味。パンであれば、中にチョコレートの入ったものの名前としても、使われている。