お茶の時間です。
実はこの店舗、店内から厨房の様子が見れる。
レジの後ろの壁に、少し身を屈めた位の高さに、縦の幅はあまりない、横長の窓が付いている。
開店直後や厨房内に誰もいなくなってブラインドが下がっているとき以外は、いつでも中が見れるのだ。
開店直後に何故、中が見れないのかというと……。
「お待たせしました」
コックコートに着替え直して、4人分のカップを持って、厨房に戻る。
既に一段落着いて、自分たちの使ったものを片付け終えた3人は、折り畳み椅子を準備して座っている。
「ラッシー、ありがとう」
それぞれの前に、インスタントコーヒーを置いていく。
さっき、店長が沸かしてくれたお湯で入れたもので、インスタントコーヒーも従業員用に常備してあるものだ。
喫茶スペースのある本店では、お客さんに出すいい豆で挽いたコーヒーが、従業員でも飲めるらしい。
尤も、封を開けて暫く経った、お客さんに出せない粉で落としたコーヒーで、酸味がキツいらしいけど。
開店してから一段落着いて、次の配送車が来るまでの間に15分間休憩をとるから、この時間までブラインドが下がっているのだ。
何故、カーテンではなくてブラインドかというと、掃除がしやすいのと、糸屑が落ちないからという理由らしい。
正直、カーテンの方が店の雰囲気に合わせやすいとは思うけど、理由が理由だしねぇ。
自分が座る椅子を準備してると、その短い時間で大将はまだ熱いはずのコーヒーを飲み干して、無言で席を立つ。
そのまま、私たちに見送られてその背中はロッカールームに消えた。
たぶん、タバコを吸うために、ロッカールームから、外へ出たのだろう。
川ちゃんも、その後ろを慌てて追って出て行った。
パティシエや料理人って、舌の感覚が大事だと思ってたけど、大将と川ちゃんはタバコを吸う。
そんなに数は吸わないみたいだけど…うーん、どうなんだろう?
ふたりを見送ったお松さんは、席を立ったと思ったら、冷蔵庫からボウルをひとつ持って戻って来た。
「どうぞ〜」
ニコニコしながら差し出されたボウルの中には、お客さんが買ったのと同じロールケーキの切れ端が入っていた。
小さなボウルだから、たっぷり入っている様に見える。
「誰も食べないから、好きに食べても大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
ボウルを自分の前に引き寄せて、切れ端を手掴みして口に運ぶ。
中のクリームは、普段他のケーキに使っているのと同じ生クリームで、その他にフルーツは入っていない。
ただ、生クリームの量はたっぷりだ。
生地も柔らかで、端っこだけどかなりおいしい。
保育園の卒園アルバムに、『ケーキやになって、まいにちケーキがたべたい』と書いていたマイちゃん、ごめんね。
ひねくれてた私は、『うりものたべれるわけないじゃん』なんて、思ってました!
実際は、毎日食べても食べきれない程です。
無言で咀嚼して、最後にコーヒーを流し込む。
ふ〜、満足満足。
「ラッシー、こっちもどうぞ」
いつの間に移動したのかわからないけど、さっきと同じ笑顔のお松さんの手にはボウルがいくつもある。
「これは、ミルフィーユのパイでしょ、こっちはレアチーズの切れ端、これはムースの余りだし、これは……」
「いやいや、もういいですっ!!」
ほっておくと、まだ続かそうだけど、ロールケーキの切れ端だけで十分満足だ。
これ、当たり前だけど、余れば処分しなきゃいけないんだよね……。
園児時代の友だちに謝りつつ、コーヒーカップを洗う10:45のことだ。