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前半

相川里枝子様へ。

なんて。決して面と向かって言うことなんて出来ないのだけれど。

何か蹴ったと思ったら、携帯電話だった。俺は君の携帯を拾った。

携帯を失くしたら困るだろうなってことは容易に想像がついた。

だから君に話しかける勇気が無いなら、他の男子にでも頼んで渡してもらえば良かったかもしれない。

君と話すきっかけが欲しい男子なんて余るほどいるのだから。

しかしこの機会を逃したら俺にはもう二度とチャンスは無いと、それこそ想像の余地も無く想像がついた。

中一の時、夏休みの夏期講習でクラスの違う君と初めて喋って、そして君は僕に消しゴムをくれた。

そんなちょっとのことだけど、笑顔がとにかく可愛かった。

だからつい、五度目の話しかけに失敗し君が派手な女友達と校門を出たところで俺は

「明日でいっか」と君のシンプルだけどおしゃれな携帯を自分の鞄に入れ持って帰ってしまったんだ。

家に着いて鞄から君の携帯を出してみた途端、何故こうなってしまったんだと

自分の行動を死ぬほど後悔した。

携帯はすぐに鞄にしまい、捨てたい衝動を抑えながら鞄ごとなるべく部屋の隅に置いた。

君からしたら迷惑以外の何ものでも無いということは分かっている。

でもこれだけは神様に言わせて欲しい。

決して携帯を盗もうとしたわけじゃない。ただ君と話したかっただけ。恋したかっただけなんだ。

何のストラップもデコレショーンも無い、見た目には何ら持ち主の影響を受けていない携帯を

すぐに君のだと分かる程度には目で追ってしまっていたから。



佐伯和也。中学三年生。

中一の秋、いじめられた友達を庇って自分が標的になりクラスから孤立。

その庇った友達に裏切られてから中三の今までこの学校に友達は居ない。

今のクラスでは嫌われてこそいないもの、話相手も居らず休み時間はよく寝ている。フリの時も多い。

学校以外で面白い友達が何人か居たし、親も優しいし、高校になったらきっといい出会いもあるはず。

そう思って日常をこなしてきた。時々つまらなすぎてここから逃げたくなるけれど。

今つまらない分、将来に投資しようと勉強やらギターやら出来ることをし

平穏に中学生活を終えるはずだった。のに、今それを脅かすことが起きている。


今日こそは渡そうと鞄に入れた里枝子の携帯が気になって仕方ない。

なんだかんだで今日も全ての授業が終わり、残りは夕礼だけになってしまった。

しかし今日こそ渡さなければこちらの身も持たない。

夕礼が終わったら里枝子の友人達より早く彼女の席に行って謝って返して去ればいい。

拾った携帯をきっかけにちょっとでも仲良くなれたらなんて邪に考えなければ実に簡単なこと。

そう自分に言い聞かせたものの、里枝子は常に派手で気も強いと思われる女子や

どこからその自信はくるんだと言いたくなるようないばっている男子に囲まれていて

非常にやりづらい。そういうクラスを取り仕切るグループは排他的であるから。

和也は夕礼の直後に懸けていた。



5限を終え夕礼を待つ私語に溢れた教室を、女生徒の声か切り裂いた。


「ねえ携帯が盗まれたんだけど!」


ヒステリックな声と「盗まれた」という不穏な言葉に教室が一瞬静かになる。

和也のは心臓は一度ドキリと跳ねた。

しかし背中に冷たいものを感じるのではな無く、ただただ「え」と思考が止まった。

叫んだ声の主は相川里枝子では無く、澤田みれいとゆう女子生徒だったからだ。

澤田みれい。里枝子と同じクラスを取り仕切るグループにいる。

そのグループ以外の生徒から言わせると「怖い」。

みれいの机の上は机と鞄の中から出したと思われるもので散乱しており、化粧をした顔をゆがめていた。

みれいの隣には里枝子ともう山田優子がいた。二人は困ったように顔を見合わせている。

クラスは静まったままだ。みれいはまた声をあげた。


「さっきまで絶対机の中にあったの!盗まれた以外考えられない!」


クラスの中心グループにいる宮田雅人が言った。


「お前よく見たの?盗まれたとか言う前によ」


宮田がそういうと周りにいた他の男子数人も口々に似たようなことを言い

何人かの女子が「ねー」とうすく笑った。

するとおずおずと里枝子が喋り出した。


「あの、本当にみれいちゃんの携帯はさっきまであったの。弄ってたし。私達がトイレから戻って来たら無くなっていて。盗まれたかは分からないけど、無くなってしまったのは本当なんだ」


教室が静かになる。宮田と男子数人は今度は静かに里枝子を見ていた。

先ほど笑った女子はどこか居心地悪そうに髪の毛をいじり出した。

こういう時だけ良いタイミングで担任がやってきて、事情を聞くと

「じゃあ見つけた者は澤田に教えなさい。だから俺は携帯を持ち込みを許可するのに反対したんだよな」と

何の意味も無い言葉を言って職員室へ帰って行った。

和也はすっかり里枝子に携帯を返せなくなってしまった。

みれいと里枝子を含む仲の良い女子数人が何やら喋っていた。

「え!里枝子も昨日無くしたの?!」という声が聞こえた。

みれい達が「全員鞄の中を見せろ」と言いだされないうちに急いで教室から出た。


みれいの携帯は本当に盗まれたのか?犯人はいるのか?だとしたらクラスメイトの誰かなのか。

そして里枝子はどう思ったのだろう。

私の携帯もどこかに忘れたのかと思ったら盗まれたのだと考え出しただろうか。

皆の前で言わなかったのは里枝子だから。里枝子が余計な波風が立ちことを嫌う性格だというのは

クラス行事などで里枝子の姿を見てきてよく知っている。

しかし和也は歩きながら今度こそ背中が冷えるのを感じていた。

この携帯を持っているのがばれたら、きっと何を言っても自分は犯人にされる。


その夜、和也は従兄弟の大輝に電話して一から全てを話した、里枝子が好きだということは伏せて。

大輝は今高校二年で大阪にいる。ギターも大輝に教えてもらった。信頼している友達の一人だ。

大輝は聞いてまずふははと笑った。


「あほやなあ。お前は相変わらず要領が悪いっちゅーか、運の無いやつやなあ」


あほと笑われると意外に気が楽になるもので、だから和也は大輝に魅せられ、頼ってしまう。


「大輝さんだった要領良い方じゃないでしょ。まあ今はいいや。それで携帯を捨ててしまうことも出来ないし、でも返すことも出来なくなって困ってる。このまま家に置いておけば、クラスの誰かにばれることも無いと思うんだけど、なんかそれって最低だし」


「んー、まあとりあえず明日はその携帯は家に置いとき。早まって捨てたらアカンで。そのみれいちゃんって子の携帯が本当に盗まれたんかも分からんし、もし出てきたら里枝子ちゃんって子に正直に言うて渡せばええ。出てこんかったら、その時はまた一緒に考えたるさかい」


「ありがとう、大輝さん。また電話してもいい?」


「ふは。あほ」


そうして電話は切れた。少し気の晴れた和也だった。



そして、翌日の昼休み。まだ昼休みが始まったばかりで

お昼を買いに購買に行った生徒も多く、教室に半分くらいの生徒がいるときだった。

教室の何人かの生徒の携帯が同時に鳴った。メール受信。

教室が「やだー」「嘘ー」「うわまじかよ」「これって本当?」とざわつく。

和也はメールを受信したらしい前の席の男子生徒の携帯をこっそり見た。

それに気付いた男子生徒がいつにないフレンドリーさで「お前も見るか」と携帯を渡してきた。


「ねえ知ってる?澤田みれいは二股女。相手はクラスの宮田と大学生。相川里枝子は純情そうに見えるけど違う。初めては中二。山田優子の彼氏は万引きするような馬鹿。西川愛は男子なんてカスばっかが口癖。堀江秋子はこの年で男に貢がせてる」


クラスの中心グループの女子の誹謗中傷だった。幸いと言って良いか分からないが

そのグループは今教室にはいない。

和也は里枝子という文字を見て、書かれた内容を見て、急に周りの酸素が薄くなった気がした。


「これまじかな。やべーよな。てか宮田とみれいって付き合ってたのかよ」


男子生徒が笑う。そして和也から携帯を取り上げると「おい見ろせてやるよ」と

教室に戻ったばかりで「何どうしたの?」と言っている生徒の方へ向かった。


(たまたま受信しただけで、英雄気取りか。こんな内容のメールを)


和也はその男子生徒を殴って殴って、倒してしまいたかった。

行き場のない怒りを全てそいつにぶつけてしまいたかった。堪える。頭を働かせる。

メールの受信元は澤田みれいとなっていた。

無くなった昨日のうちに解約をしなかったのか。盗まれたと考えていたのに何故。馬鹿野郎。

しかしこれで盗まれたというのは確定した。一体誰が。何のために。


みれい達のグループが帰ってきた。男子のグループはまだ購買に居るのか姿は見えない。

騒ぎに気付かないはずがなく、近くの女子生徒の携帯を取り上げた。


「てめーこれ見て笑ってたのかよ」


「ちょっと、携帯返して。笑ってなんかないよ」


「じゃあさっきの楽しそうな笑い声は何なんだよ」


みれいの声がした。今回の言い分の理はみれいの方にあるのかもしれないのに

しかし普段の彼女達の態度を思うと女子生徒の方に同情したくなってしまうのだった。

里枝子を見ると携帯の内容を読んだのか顔が青くなっていた。

優子、愛、秋子は泣き出したり、周りの生徒に詰め寄っていた。

周りの生徒はそんな彼女達と関わりたくないといった様子で教室から出たり

携帯をしまって食事に精を出し始めていた。

誰も彼女達を心配したり慰めたりしようとしていないのがよく見て取れた。

誰が、何のために、こんなメールを送ったのか。そう思った。

しかこの教室の誰でも愉快犯でも行き過ぎた恨みでもあり得るのかもしれない。

そんな恐ろしいことが和也の頭に浮かんだ。

ねえ知ってる?はCMのえだまえの犬からいただきました笑

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