第3話 軍師加入ふらぐ
楽進:凪、李典:真桜、于禁:沙和を新たに陣営に迎えた一刀。
部下―――女の子―――が増えたことに喜ぶ反面人知れず落ち込む白蓮。
そうとは知らず一刀は内政に励むのである……
黄巾賊討伐から2日経ち、俺と星、三羽烏―――凪・真桜・沙和―――は白蓮の私室に集まっていた。
白蓮が言うには、
「古参の将や文官たちが新参者への待遇に対する不満を持っている。だから何かしら貢献をして認めさせて欲しい」
とのこと。
星はここで武勲を挙げているが、白蓮に仕えながらも俺直属の部下―――尤も俺としては部下では無く仲間だと思っている―――であると公言している。
そして俺は『天の御遣い』という自分でも胡散臭いと思う肩書きで拾われて来た人間だ。
凪たちに関しても、実際に戦闘を見ていない奴等に彼女らの力量がわかるはずも無く、さらに俺が連れてきたと言うところにも反発する者がいるんだろう。
しかし今は黄巾も幽州ではだが大きな動きは無く、烏桓や匈奴、扶余も静かにしているらしいから、暫く戦も無さそうで出番がない。
あったとしても小規模の黄巾賊の反乱くらいだろう。
喜ばしいことなんだけどさ。
そうなるとやることは内政面……農商工業の発展や治安の維持・向上などに限られてくる。
調べたところこの時代で貴重なのは塩だった。専売権もあるのだが違法に、高値で取引されることも少なくないらしい。
現代ではなに不自由なく暮らしていただけに、塩の作り方なんて日本史に出てきたのをうろ覚えしている程度だ。
現時点で採集可能な塩の絶対量が少ないために高価である。ならば民衆に適正価格で行き渡らせることを目標にしようか。
幸いにしてここ幽州は海に面している。
さらに農業用肥料の開発をしようとも思う。糞尿や、魚類をもとにした肥料なども量産できるだろう。
漁村では捨てられるであろうものを肥料として買い取ることを約束し、代わりに……というわけではないが塩を精製できる土地を借りる。
そうすれば俺たちは塩の収入を得られ、漁村民も利益を得られる。ギブアンドテイクだ。
商業に関しては治安を向上させれば自ずと商人同士のネットワークによって情報も広まり、各地からこぞって幽州にくるようになるはず。
工業においては真桜の加入によって大きな転換点を迎えた。俺の曖昧な知識をも形にするのだから彼女の想像(創造)力は計り知れない。
確か飛躍的に農業生産が向上した際、用具などの発達があった。灌漑用の水路や溜め池、加えて農作業の効率が上昇する用具といえば千歯扱・踏車・千石通し・唐箕、鍬、etc。
成功の暁にはきっと国は富み、栄え、強兵を生み出す。
そして今後互いに勢力を伸ばして隣接する袁紹や曹操にも対抗出来る上、北方民族との交易も期待できるようになる。
なにはともあれ……優先順位は塩。お金がなけりゃ何も出来ないもんね。
黄巾賊を討伐したりしながら、数ヶ月後。
俺は1人頭を抱えていた。
「やばい……どうしよう」
結論から言おう。
農業は発達し街は連日の賑わいを見せている。商業においてはなかでも塩は余りあるほどで、正規のルートでは専売権が邪魔をして売買できないためいわゆる侠客と呼ばれる人々を通しかなりの量を他国に売った。美髯公関羽も侠客だったらしいから、いつか会えるだろうか。それだけ売ってもまだ沢山ある塩を味噌の製造―――塩が材料だとわからなければ専売権も何も関係あるまい―――に使った結果、試行錯誤の末完成し、富裕層に大ウケ。そのお金で鐙も量産し、農具を作り、さらに農業が改良され……
つまり大成功!
素晴らしいスパイラルが発生していた。
現代日本では考えられないほどの好景気と歳入である。
白蓮の白馬義従も兵数が倍近くなり、兵士の装備や星たちの武器も新調または改良した。
俺の登場(?)から半年で、そこらの資産家では到底及ばないほどの資産を手に入れることとなったのであった。
◇
陳留を目指す2人の少女がいた。片方の名を程立、真名を風。もう片方は―――今は戯志才と名乗っているが―――郭嘉、真名を稟と言う。
彼女らは陳留をもう目と鼻の先という位置にまで捉えている。
そのため暫しの自由行動時間ということで、宝慧(※)という名の人形を頭に乗せた少女、風は、街一番の書店に来ていた。
「ふむふむ……どれも既読の物ばかりですねー」
「おっ。お嬢ちゃん、ウチの蔵書量で物足りないってか。ならちょっと待ってろ……ええとどこに仕舞ったか……あった! ほらよ」
渡されたのは『天界語辞典・ばーじょんわん』と書いてある本。
実は一刀が時々言う耳慣れぬ言葉を聞いた田豫がそれを詳しく聞き出して記憶し、本に纏めたのだ。恐ろしい記憶力と行動力である。
当然一刀はこのことを知らないが、作者名はしっかり『北郷一刀』、編集に『田国譲』となっているのであった。
「えと……これは」
「何でもそれは幽州に落ちたっていう『天の御遣い』が書いたやつでな、売りもんのほうは売り切れちまったが……オレも読もうと思って取っておいたんだよ」
「……お気持ちはありがたいのですが、おじさんの物なら受け取れないのですよー」
「気にすんなって! うちはその本のおかげで随分儲かったし、またすぐに入荷するさ。それに嬢ちゃんみたいな本好きに読まれた方が本もありがたいってさぁ!」
なんとも気前の良いオヤジである。
(これで断るのは些か気が引けますねぇ。ここは好意に甘えておきましょう)
「……ではありがたく頂戴いたしますのでー」
「おう! じゃ、また来てくれよなっ!」
風は店を後にし、稟との待ち合わせ場所に本を読みながら戻るのだった。
「稟ちゃん稟ちゃん、風はこれから行きたいところが出来たのですよー」
「……風、陳留まであと少しというところでいきなり何を言い出すの?」
いえいえ、と風は首を横にふる。
「稟ちゃんはこのまま曹操さまのもとを訪ねて構わないのです。行くのは風だけですよ」
「幽州……確かに最近は治安も良いと聞くけど、道中危険が全く無いと言うわけではないのよ?」
そうして2人はにらみ合う。が、少しして。
「……はぁ。わかったわ。風が一度そう言い出したら意見は変わらないのはもう身に染みた。だからここでお別れ……の前に護衛の当てだけはちゃんとつけなさい」
「その点については問題無いのですよー。帰り際に見つけた、幽州へ向かう旅人みたいな人と話をつけておきました」
「つまり反対されても行くわけだったと。全く……」
間をおいて稟は再び話しかける。
「……もし戦場で会ったのなら容赦はしないわよ?」
「望むところなのですよー? 稟ちゃんを打ち負かして曹操さまのお仕置きに追い込んでやるのです」
「そそそそ曹操さまのおおおお仕置き……ぷはっ」
「あらら……はーい稟ちゃん、トントンしましょうねー」
(稟ちゃんの鼻血を止めるツボを知っている人がいればいいのですが。いえ、ここはそのツボを紙に記して懐に入れておきましょう。紙は高価ですが稟ちゃんの命の方が大事ですし)
やがて稟は鼻血を止め、2人は握手を交わす。
「達者で、風」
「そちらこそ。ではまたどこかで」
最後まで飄々としたままで去って行く風であった。
さてと……あ、いましたいました。
武に心得のあって尚且つ幽州を目指す人たちがいて良かったのです。
「お待たせしました」
頼んだ側が遅れてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいなのですよー。
「程立さん、もういいの?」
「ええ。では行きましょうか――――――劉備さん、関羽さん、張飛ちゃん」
「ふむふむ……幽州の太守さんとは同学の仲で……つまり大志はあるがお金も装備も無いから雇ってくれ。と、いうことですねー?」
「あはは……そんなにはっきりと言わなくても……」
風に痛いところを突かれた桃香――劉備の真名――は顔が若干引き攣っていた。
「と、ところで程立さん! 今軍師を探しているんだけど……軍師として曹操さんのところに行くつもりだったんでしょ? うちで働く気はないかなっ」
「風としては『天の御遣い』がどのような人か気になるので遠慮させてもらうのですよー」
―――風は現実と理想の区別をつけられない人に仕える気はさらさら無いのですよー。それに……噂の『大徳』が本当ならいずれ良い軍師が見つかるでしょうし。
「御遣いさまかぁ……どんな人なんだろ。幽州も御遣いさまが来てから活気付いたって聞くし……」
「百聞は一見に如かず、ですよー?」
と、そこで桃香の義妹である愛紗こと関羽が話し掛けてくる。
「桃香さま、あちらから何者かが向かってきますのでご用心を……あれは賊、でしょうか。鈴々っ!」
「応っ、なのだー!」
―――ふん、賊など一蹴してくれ……え?
意気込んだ愛紗だったが。
「ひええーっ! もうあの村にゃ行かねぇ!?」「「「逃げろー!!」」」
「……えーと?」
「にゃはは、愛紗の顔が怖くて逃げちゃったのだ」
「鈴々っ!? ……そんないやまさか、でも。そんなに私の顔は怖いか……?」
何事かをブツブツ呟いている愛紗を横目に風はしっかりと前を見据えていた。
―――賊の様子からすると村に追い返されたようですね……かといって兵士の姿が見えるわけでもなし。ふむ……おおっ、これはまさに劉備軍軍師出現ふらぐというやつでしょうかー?
「とりあえず行ってみようよ!」
「そ、そうですね。それが良いでしょう」
「わ、私を軍師にしてくだしゃいっ! はわっ!? また噛んじゃったよぅ……」
「しゅ、朱里ちゃん頑張って! ごおるはもうすぐそこだよ!」
―――ごおる……達成すべき目標のことですか。むむむ、この子たちも『天界語辞典・ばーじょんわん』を読んでいるとは……!
「えーと……とりあえず軍師になりたいんだよねっ、ねっ!?」
「は、はいっ、お願いします!」
「ね、良いよねっ、愛紗ちゃん!」
「ええ……ほぼ同数で盗賊を破ったのですからむしろこちらから頼んでも良いくらいです」
「や、やったよ雛里ちゃん!」「おめでとう朱里ちゃん!」
「士元どのは一緒に参らないのかな?」
「はい、私は公孫賛さん……というより北郷さんの元へ行きたいんでしゅっ。あわっ」
―――軍師として『らいばる』が出来てしまいましたが……切磋琢磨するのもいいかもしれないですね。
「そうときまれば早く北郷さんのところに行かないとね♪」
残念なことに白蓮ではなく一刀の認識が強い幽州である。
「――――――はっ!? 今何か不名誉なことを言われた気がした……」
「太守様、そんなことより政務を進めてください」
そんなことって……そろそろ泣きそう。