表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第4話 崩壊の序曲、水色の残り香

翌朝。

 昨夜の情事の熱が、まるで悪い夢だったかのように、朝の光は無機質に部屋を照らしていた。

 隆は重い体を引きずるように食卓につく。目の前では、香織が手際よく朝食を並べていた。


「隆、脱いだワイシャツ、洗濯機に入れておいたから」


 香織が背中を向けたまま、何気なく言った。その言葉に、隆の背筋に冷たいものが走る。

(……まずい。麗華さんの匂い、洗っただけで消えるのか?)


「あ、ああ。悪いな。昨日は本当にバタバタしてて……」


「そう。……ねえ、隆。あなたのシャツの襟元、何かいい匂いがしたわ。柔軟剤を変えた覚えはないんだけど。……それに、」


 香織が振り返り、その手に持っていたものをテーブルに置いた。

 それは、ピンセットで摘まみ上げたような、ほんの数ミリの「薄い水色の糸屑」だった。


「これ、何かしら。私の服には、こんな水色のレースなんてないわよ」


 心臓がドクンと大きく跳ねた。昨夜、震える手で外した麗華の水色のブラジャー。あの時、激しい愛撫の中で擦れ落ちた繊維に違いない。


「……あ、ああ、それは、多分……。昨日、電車で隣に座った人の服からでも付いたんじゃないかな。ほら、昨日は混んでたから」


「……そう。ずいぶん『密着』してたのね」


 香織の瞳には、感情の読み取れない冷ややかな光が宿っていた。

 その時、ポケットの中のスマホが微かに震えた。


『隆さん、おはよう。……今朝、シャワーを浴びたけど、まだ体の中に隆さんの感覚が残ってる気がするの。……ねえ、今日も帰り、寄ってくれるわよね?』


 画面を伏せて置いていたが、通知の振動音が静かなダイニングに異様に大きく響く。

 香織の視線が、スマホへと注がれた。


「……隆、出ないの? 会社からの急ぎの連絡かもしれないわよ」


「いや、いいんだ。ただの広告メールだよ……」


 冷や汗が額を伝い落ちる。

 妻の静かな疑惑と、麗華の剥き出しの情欲。

 昨夜、麗華の最奥に解き放った代償は、予想以上に早く、そして重く俺の日常を侵食し始めていた。


「隆。今日、帰りにまたドラッグストアに寄るなら、私の洗顔料も買ってきてくれる?」


 香織の言葉に、隆は生唾を飲み込んで頷くしかなかった。

 ドラッグストア。あそこはもう、俺にとって単なる店ではなく、地獄への入り口にしか見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ