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第11話:密室の審判、狂った隣人の訪問

 香織が手にしていた包丁を調理台に置く。その金属音が、隆の鼓動と共鳴するように高く響いた。

「……香織、待ってくれ。これは、その……」

「言い訳はいらないわ。この写真以上に雄弁な真実なんて、この世にないもの」


 香織が一歩、また一歩と隆に歩み寄る。彼女は隆のシャツの襟を掴み、鼻を近づけた。

「……やっぱり。昼間よりもっと濃いわね。あの女の、発情した匂い」


 香織の手が、隆のベルトに掛けられたその時。


 **ピンポーン。**


 深夜に近いというのに、あまりにも場違いで、軽快なチャイムの音が玄関に鳴り響いた。

 二人の動きが止まる。

 

「……誰かしら。こんな時間に」

 香織は冷笑を浮かべたまま、隆を解放せずにインターホンのモニターを確認した。


 そこには、昼間の公園で見せた妖艶な表情とは一変し、まるで迷子にでもなったかのように不安げな顔をした麗華が立っていた。手には、小さな手提げ袋を持っている。


「……佐藤さん? 夜分に、ごめんなさい。主人の出張のお土産、渡し忘れちゃって……」


 モニター越しの声は震えていた。だが、隆には分かった。彼女は「何も知らない」ふりをして、隆を香織から奪い取りに来たのだ。この状況を、外側から壊しに来たのだ。


「……入れなさいよ、隆。あなたの『大事な相談役』でしょう?」


 香織が無理やりドアの解錠ボタンを押す。

 数秒後、玄関の扉が開く。麗華は、リビングに充満する殺気に一瞬だけ肩を震わせたが、すぐに視線を隆へと固定した。


「あら、奥様もご一緒でしたの? ……ごめんなさい、お邪魔だったかしら」

「いいえ、高岡さん。ちょうど良かったわ。主人と、あなたの『公園での熱心な打ち合わせ』について、写真を見ながら反省会をしていたところなの」


 香織がテーブルの上のデジタルカメラを、麗華に向かって放り投げた。

 麗華はそれを片手で受け止め、液晶画面を覗き込む。


 次の瞬間、麗華の口角が、不自然なほどに吊り上がった。


「……まあ。素敵に撮ってくださったのね、奥様。私、この時の隆さんの顔、自分では見られないから嬉しいわ」


 麗華はカメラを愛おしそうに撫で、そのまま隆の隣へと歩み寄った。香織の目の前で、隆の腕を自分の豊かな胸に抱きしめる。


「隠すのはもうおしまい。ねえ、隆さん。この奥様、冷たいでしょう? あなたを満足させられない女なんて、もう必要ないじゃない。……今夜は、私の家で、主人のベッドで、朝までめちゃくちゃにしてあげるって言ったわよね?」


「な……ッ! 麗華さん、何を……!」

 隆の狼狽を無視し、麗華は香織を挑発するように見据えた。


「奥様、あなたに彼は使いこなせないわ。……だって、彼の本当の『熱さ』を知っているのは、私だけだもの」


 香織の頬が、怒りでピクリと震えた。

 彼女は再び、調理台の上の包丁に手を伸ばす――。


「……いいわ。そこまで言うなら、どっちが隆を『壊せる』か、今ここでハッキリさせましょうか」


 香織が、自らのブラウスのボタンを乱暴に引きちぎった。

 レスだったはずの妻。狂気を孕んだ隣人。

 二人の女の、剥き出しの執着が、隆を逃げ場のない奈落へと引きずり込んでいく。



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