第1話・秘め事のプロローグ:乾いた寝室と、赤い誘惑
登場人物設定
1. 佐藤 隆 / 主人公 (29)
中堅メーカーの営業マン。真面目で温厚な性格だが、押しに弱い一面も。
* 現状: 結婚3年目。妻の香織とは仲が悪いわけではないが、夜の生活は半年以上絶たれている。
* 悩み: 30歳を前に「一生このまま、枯れていくのか?」という漠然とした恐怖を抱いている。子作りを提案しても「まだ早い」「仕事が忙しい」とはぐらかされることに疲弊している。
* TENGAを買った理由: 妻に誘って断られるダメージを避けるため、せめてもの「自己完結」を図ろうとした矢先の出来事。
2. 高岡 麗華 / ヒロイン (29)
近所のマンションに住む、凛とした美貌を持つ専業主婦。
* ビジュアル: 黒髪のロングヘアに、常に手入れの行き届いた指先。ドラッグストアでは、生活感のないタイトなニットワンピースを着こなしていた。
* 現状: エリートサラリーマンの夫と結婚して4年。周囲からは「理想の夫婦」に見られているが、実は3年前から完全なセックスレス。
* 心の闇: 夫からは「女性」としてではなく「便利な同居人」として扱われており、自己肯定感が底をついている。偶然、ドラッグストアで佐藤の姿を見つけ、「彼なら私と同じ孤独を知っているはず」と直感的に賭けに出た。
* 性格: 表向きは強気な「お姉様」風だが、実は誰よりも肌の温もりを求めている寂しがり屋。
3. 佐藤 香織 / 主人公の妻 (28)
IT企業のプロジェクトマネージャー。上昇志向が強く、仕事が生きがい。
* スタンス: 「子供は30過ぎてからでいい」と考えており、性生活を「体力を消耗するタスク」のように感じている。
* 夫への態度: 航のことは愛しているが、それは「家族」としての愛であり、異性としてのときめきは二の次。彼が不満を溜めていることに全く気づいていない。
深夜二時、寝室に響くのは加湿器の微かな動作音と、隣で眠る妻・香織の規則正しい寝息だけだ。
隆は天井を見つめたまま、じりじりとした疼きを股間に感じていた。
香織とのセックスレスが始まって、もう半年以上になる。
背中を向けて眠る彼女の肩に触れようとして、「ごめん、疲れてるから」と拒絶されたのは何度目だったか。
愛しているはずの妻は、今や最も遠い存在だった。
(……明日、どうしても買わなきゃダメだ)
翌日の夕暮れ。隆は吸い寄せられるように駅前のドラッグストアへ滑り込んだ。
日用品の棚の影、派手な赤色のパッケージが俺を誘惑していた。『TENGA』。
生身の温もりを諦めた男の、惨めな代償行為。それを一つ手に取り、カゴの底へ隠して会計を済ませる。レジ袋越しに伝わる硬いプラスチックの感触が、俺の情けなさを強調しているようで、喉の奥がカラカラに渇いた。
「……あら。佐藤さん、奇遇ね」
店を出た直後、背中に艶のある声が降ってきた。
振り返ると、そこには近所でも評判の美人人妻、高岡麗華さんが立っていた。
透けるような白い肌に、緩くウェーブした髪。彼女は俺のレジ袋に一瞬だけ視線を落とし、いたずらっぽく、それでいて酷く冷ややかな笑みを浮かべた。
「いいところに会ったわ。ちょうど回覧板を持って行こうと思っていたの。……今から、うちへ寄れるかしら? 大事な相談があるの。……奥さんには、内緒のね」
彼女の視線は、レジ袋の中から透けて見える赤いパッケージを確実に捉えていた。
断る間もなく、俺は彼女のマンションの一室へと招き入れられた。
重厚なドアが閉まり、電子ロックがカチリと鳴った瞬間。麗華さんの纏う空気が、一変した。
「……奥さん、知ってるかしら。あなたがこんなものを買い込んで、夜な夜な励んでいるなんて」
彼女はリビングのソファに深く腰掛け、足を組み替える。タイトなニットワンピースの裾から、眩しいほど白い太ももが覗いた。
「バラされたくなければ、私の話を聞いて。……実は私、もう限界なの。主人は三年も私に触れない。私は……生身の熱がないと、もう壊れちゃいそう」
麗華さんは俺の手を掴み、自分の胸元へと引き寄せた。清楚なブラウスの下で、暴力的なまでに脈打つ鼓動が伝わってくる。
「ねえ、佐藤さん。……『隆さん』って呼んでもいい?」
吐息が混じるような甘い声。
「あ……、はい。好きに、呼んでください」
掠れた声で答えるのが精一杯だった。名字ではなく名前を呼ばれた瞬間、自分を繋ぎ止めていた「香織の夫」という最後の理性が、音を立てて崩れ去った。
「お互いの足りないところ、埋め合いましょう? ……隆さん」
彼女の潤んだ瞳が、俺の理性を焼き切っていく。
ドラッグストアの袋の中で、出番を失った赤いプラスチックがカサリと音を立てた。
俺の日常が、真っ赤な欲望に染まっていくのを、俺はただ受け入れるしかなかった。




