ちぐはぐな記憶
アルカード様の私室は、彼の気品をそのまま形にしたような、静謐で豪華な空間だった。
「少しだけ待っていておくれ。君にふさわしい、最高の物を用意しよう」
彼はそう言い残し、優雅な一礼をして部屋を出た。
一人残された私は、部屋の中に置かれた奇妙な魔導具たちを眺めて回ることにした。
棚の上では、「持ち主の感情に合わせて色を変える砂時計」が、今は私の高揚を映してか、鮮やかな緋色の砂を刻んでいる。隣には、「開くたびに異なる異世界の鳥の鳴き声が響く宝箱」や、「触れると一瞬だけ未来の自分の横顔が映る手鏡」が並んでいた。
「ふふ、アルカード様ったら、こんな不思議なものに囲まれて過ごしていらっしゃるのね」
好奇心を満たしていると、ふと、巨大な天蓋付きベッドの陰から、何かが這い出してきた。
それは、夜の闇をそのまま切り取ったような、黒くてふわふわした大きな猫。
「あら、可愛い……」
私が手を伸ばしかけると、その猫は琥珀色の瞳で一度だけ私を冷ややかに一瞥し、興味なさげに鼻を鳴らした。そして、優雅な足取りで私の横を通り過ぎ、お気に入りの定位置らしきソファーの上で丸まってしまった。
「……あら。私、嫌われちゃったかしら」
少しがっかりして肩を落としたその時、重厚な扉が静かに開いた。
「アルカード様、意外と早かったのね」と声をかけようと振り向いた私は、そこに立つ影を見て、小さく息を呑んだ。
扉の前に立っていたのは、アルカード様ではなく、姿なき執事……リアムだった。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。……ですが、もう少し、あなた様とお話ししたくなりまして」
燕尾服だけが動くその奇妙な姿。けれど、彼は実に自然に、そしてそっと私の隣のソファーに腰を下ろした。黒猫が彼の足元に擦り寄る。
「セシリア様。……あなた様は、どうしてこの城へ? 外の世界には、まだあなたの助けを待つ人々がいたはずですが」
「私はアルカード様の事が大好きで、もちろんアルカード様私の事を…。それでアルカード様がこのままディナー余韻を冷ますのは名残惜しいと言ってくださって、招いてくれたの」
でも、淡々と答える私にとって、リアムの問いは、心のどこか悲しげに響いていた。私は少し戸惑いながらも、今日見たあの水晶のことを思い出し、逆に問い返した。
「リアム……。あなたこそ、どうして今の姿に? 標本室で、あなたの『過去』を見たわ。あんなに楽しそうに笑っていた、あなたの思い出を」
リアムは、中身のない頭部をわずかに傾け、淡々と語り始めた。
「……私の過去、ですか。ええ、よく覚えています。あれは、冬に咲き誇る向日葵の下で、家族と苺の収穫をした日のことです。収穫した苺は、夜空から降ってくる金平糖と一緒に煮詰めてジャムにしました」
(冬に、向日葵……?)
「それから、私が騎士に叙勲されたのは、まだ三歳のこと。王様から頂いた剣は、触れると甘い氷菓の味がしました。……ああ、あの頃の、青く燃える太陽が懐かしい」
リアムの話は、一見するとどこにでもある「幸せな思い出話」のような穏やかな口調だった。
けれど。語られる言葉の一つ一つが、パズルのピースを無理やり裏返してはめ込んだように、決定的に、絶望的に、時系列も常識も狂っている。
まるで、誰かが適当に掻き集めた「幸せそうな単語」を、デタラメに繋ぎ合わせたかのような、空虚な思い出。
「……リアム、あなた、何を言っているの?」
私が戸惑い、彼の燕尾服の袖を掴もうとした瞬間。
扉の向こうから、カツン、カツンと、冷徹で規則正しい足音が近づいてくるのが聞こえた。




