あかずの間
標本室を後にした私たちは、迷宮のように入り組んだ回廊をアルカード様の私室へと向かった。
歩きながらふと、私は奇妙な違和感に足を止めた。
壁に飾られた一対の黄金の燭台。右側は、眩いばかりの光を放つ新品のような美しさなのに、左側は、何百年も放置されたように黒ずみ、今にも朽ち果てそうなほど古びている。
「アルカード様、これ……」
「ああ。この城は少しばかり、時間の流れが不安定なんだ。気にするほどのことじゃないよ、セシリア」
彼は事も無げに言うけれど、並んで置かれた装飾品が「美」と「腐敗」に真っ二つに分かれている光景は、どこか不吉な予兆を孕んでいるように見えた。
やがて、回廊の突き当たりに、装飾の一切を排した鉄黒の重厚な扉が現れた。
他の豪華な部屋とは明らかに異質な、冷え冷えとした威圧感を放つ「開かずの間」。
「ここには、何があるのかしら……?」
好奇心に抗えず、私がその冷たい取っ手に手をかけようとした、その瞬間。
「――よせ」
低く、地這うような声。
一瞬で空気が凍りついた。今まで見たこともない、深淵の底から響くような「純粋な怒り」。
驚いて振り向くと、アルカード様の瞳は漆黒に濁り、私を射抜くような鋭い視線がそこにあった。
「ひっ……」
私が息を呑んだ直後、アルカード様が突然、崩れるように頭を抱えた。
端正な顔が激痛に歪み、呻き声が漏れる。
「……あ、……っ。……ああ、すまない、セシリア。許してくれ」
数秒後、彼は何事もなかったかのように顔を上げた。
そこにあるのは、先ほどまでの冷酷な怒りではなく、心からの後悔に沈んだ、いつもの優しい紳士の瞳。
「ひどく取り乱した。……あそこは今、改装中で、古く危険な魔術の残滓が漂っているんだ。君のその清らかな魂が、万が一にも傷つくことを想像しただけで、私は自分を制御できなくなってしまう」
「……私のために、怒ってくださったのね?」
「ああ。君にだけは、決して痛みを味わせたくない。……さあ、行こう」
彼は私の肩を抱き、私室へと続く階段を上り始めた。
彼の大きな掌の温もりに包まれながら、私は「なんて大切にされているのかしら」とうっとりと微笑んだ。
けれど、私の肩を抱くアルカード様の指先が、わずかに、けれど決して止まることなく震えていることに気づかないふりをした。
その震えは、私を失う恐怖によるものなのか。
それとも、先ほどの激痛を必死に堪えているからなのか。
螺旋階段を上るたび、壁に飾られた肖像画の顔が、美しく笑う姿と、砂のように崩れた姿に代わる代わる入れ替わっているのを、私は見たような気がした。




