遮られた真実
アルカード様に連れられて辿り着いたのは、窓のない静謐な円形の広間だった。
高い天井まで続く棚には、数えきれないほどの水晶が並んでいる。その一つ一つが、微かな光を放ちながら、持ち主から奪い取られた「記憶」を映し出していた。
「ここは、私が蒐集してきた『美しい欠片』たちの寝所だよ、セシリア」
私は誘われるように、棚の間を歩いた。
ある水晶には、見知らぬ街の市場で笑い合う親子の姿が。また別の水晶には、戦場で恋人の名を呼ぶ兵士の最期が、永遠の静止画のように閉じ込められている。
「……街の方たちの、大切な思い出なのね」
私が感嘆の息をつきながら歩みを進めると、ふと、部屋の隅にある古い棚が目に留まった。そこにある水晶たちは、他のものよりどこか煤けていて、長い間放置されていたような寂しさを纏っている。
何気なく、その中の一つの水晶を覗き込んだ瞬間。私の指先が、凍りついたように止まった。
そこに映っていたのは、今まさに城で私の世話を焼いている、姿なき執事……リアムの「かつての姿」だった。
今の魔法の影ではない、若々しく血色の良い肌。彼は見習い騎士のような快活な服を着て、眩しい日差しの中で、仲間と思われる使用人やメイドたちと肩を組んで笑っている。
「……リアム?」
その隣の水晶には、活気に満ちたこの城の「昔の姿」が映っていた。
今はプカプカと無機質に浮いている家具たちが、正しく床に置かれ、多くの人々がこの廊下を行き交っていた時代。
(この人たちは、どこへ行ったの? 姿なき執事たちは、どうして今の姿に……)
私がその水晶を手に取り、隠された真実に触れようとした、その時。
「おっと、そちらはまだ整理が終わっていない、退屈な石だよ。……セシリア」
アルカード様の長く冷たい指が、私の視界を遮るように、すっと目の前に差し出された。
強引な力ではない。けれど、拒絶を許さない絶対的な優雅さ。
彼は私の背後に回り込むと、大きな掌で私の目を覆い、そのまま私を抱き寄せるようにして無理やり別の方向へと向かせた。
「君に見せたかったのは、こっちだ。君が今日、私を見て微笑んだ瞬間の記憶だよ。……過去の遺物に心を砕く必要なんてない」
耳元で囁かれる甘い声。
普通の女性なら、彼が見せたくない何かを隠していることに恐怖を感じるかもしれない。
けれど、今の私にとって彼の行動は、「自分だけを見ていてほしい」というあまりに紳士的で情熱的な愛の告白にしか聞こえなかった。
「ええ、そうね。ごめんなさい、私ったらつまらないものに気を取られてしまったわ」
私は彼の胸に身を預け、微笑んでみせた。
けれど。
視界を塞がれた暗闇の中で、さっき見たリアムの「生きた瞳」が、網膜に焼き付いて離れない。
この城の静寂は、何を犠牲にして成り立っているのか。
そして、今私の後ろに控えている「リアム」は、自分に体がないことをどう思っているのか。
「……セシリア、顔色が悪いね。少し、疲れさせてしまったかな」
「いいえ。……アルカード様の愛が、あまりに心地よくて」
私は嘘をついた。
自分でも気づかないうちに、私はこの城の「美しき狂気」の裏側に、一歩足を踏み入れようとしていた。




