新たな神が立ち上がる
私は両膝を突き、地面へ倒れうなだれた。
響き渡るラドバールの高笑い。
……そう。私は見事、道化を演じ切った。心の底から「敗北した愚か者」を演じてみせた。いまやラドバールの嘲笑は、劇場を埋め尽くす観衆の喝采のようにさえ聞こえる。
もう……いい頃合いかな。
私は余裕で立ち上がる。
少し驚いているラドバール。
いいわ。その目玉の表情。滑稽な悪魔め。
「……ふふっ。あ〜! もちろん『あなたが演技をすること』まで、私は見抜いていたわ」
「ほお? 論ぜられるものなら論じてみろ」
「なぜ、地獄の首席代書官で法の権化でもあるあなたが、わざわざ人間相手に小賢しい『演技』なんてする必要があったのかしら?それは、あなたが正面からの論理では、私を黙らせることができなかったからでしょう。本物の強者は、演技なんて必要ないわ。演技をしたという事実は、あなたが私の問いに『危機感』を覚え、搦め手を使わざるを得なかったという、何よりの敗北宣言なのよ!」
「…………」
「『見抜けなかったのか』と聞いたわね? いいえ、逆よ。私はあなたが演技を終えるのを、あえて待ってあげていたの。ずっとね。あなたに『してやったり』という満足感を与えなければ、あなたはプライドをズタズタにされたまま、本当に暴力を振るいかねないでしょう?私があなたの演技に付き合ってあげたのは、私自身の安全のためではなく、あなたの『悪魔としての体面』を守ってあげるための、最後の手向け(たむけ)だったのよ。」
「…………」
「さて、演技の天才である悪魔さん。最後に一つだけ教えて。『自分が演技をしている』と自覚しているあなたと、『神に演じさせられている』という自覚がないまま、台本通りの悪役を完璧にこなしているあなた。いま、目の前で私を嘲笑っているあなたは、どちらの『偽物』かしら?」
「……私は……自分の意志で演じている」
「じゃあ、今すぐその役割を降りて、私を見逃すという『台本にない善』を証明してみせて」
「こ、小娘……。この我を、我を……どこまでもコケにする気かぁぁぁぁぁ!!!!!!」
空間を裂くような怒号。けれど、私は微笑みを崩さない。
「演技を暴き合うのはもう終わりにしましょう。ラドバール。あなたの知性は、私を驚かせるには十分だったわ。でも、私の魂を屈服させるには、少しあなたには『人間味』が足りなかったみたい。さあ、その立派な演技のカーテンを閉じて、約束通り、地獄へ清く帰っていきなさい。お互い、次の舞台が待っているでしょう?」
長い、あまりにも長い沈黙。やがて、その沈黙を破ったのは、これまでで最も澄んだ、邪悪なまでの愉悦に満ちた笑い声だった。
「…………ハッハッハッハッハッハッハッハッ。気に入った。気に入ったぞ! お前のような人間を殺すなど惜しい。これほど、賢い人間に会えて、我は嬉しいぞ!」
まだよ。まだ終わってない……。
「光栄だわ。でも、あなたが私を賢いと称え、喜んでいる理由は一つしかない。あなたは私の中に、『自分と同じ孤独』を見つけたからでしょう?真理を知れば知るほど、周囲は愚か者ばかりになり、言葉が通じなくなる。あなたは私を賢いと称賛することで、実は、自分自身の欠落を埋めようとしているに過ぎないのよ。」
「招待を、断るのか?」
「もう一度言うわ。あなたは私に会えて嬉しいと言ってくれたわね。ならば、なおさら私は地獄へ行くべきではないわ。悪魔が人間を愛し、対等に語り合えるようになったとき、それはもう『地獄』ではなくなってしまう。あなたが私を隣に置けば、あなたは私の知恵によって救われてしまう。『救われた悪魔』なんて、もはや存在価値がないと思わない? あなたが悪魔としての純粋な『闇』であり続けるために、私はあなたの前から消え、永遠に届かない『憧れ』として地上に留まるべきなのよ」
「ああ、参ったよ。本当にな。お前のような奴に会ったのは、そう……エトワール以来だ。まあ、奴は今は熾天使らしいが。ああ、だが実に惜しいな〜」
ラドバールは、その巨大な書物の頁を、どこか名残惜しそうに揺らした。
「最後に、私を認めてくれたあなたに、特別な問いを一つ贈るわ。『手に取れば消え、追いかければ遠のき、けれど手放した瞬間に、あなたの影の中にだけ永遠に宿るもの』は?」
「ハッハッハッハッ、セシリア。お前との、この語らいの記憶だ」
ラドバールは、すべてを悟ったように答えた。
「さあ、これ以上語れば、私たちは本当に友人になってしまう。それはあなたの誇りが許さないはずよ。私は私の、あなたはあなたの地獄(日常)へ戻りましょう。次に会うときは、どちらがより『孤独』を深めたか、また論理で勝負しましょうね」
「ああ、だが最後に真実を一つ教えてやる。お前のような完璧な人間に会ったのは2人目だ。1人目はいまはそう……神になっている。ではさらばだ、セシリア」
その言葉を最後に、首席代書官ラドバールの姿は、幾千の文字が霧散するように、静かに、そして清く消え去った。




