論理の主導権争い
こいつのプライドを挫く。それが勝利への鍵。私はそう信じて、巨大な書架の壇上に鎮座するラドバールに問いかけを投げかける。
「あなたは万物を誘惑し、堕落させ、意のままに操るという存在。では答えて。『この世で唯一、あなたが決してその運命を変えることができず、永遠にその命令に従い続けなければならない囚人』はだれ?」
数千の眼球が激しく蠢き、ページが苛立たしげに鳴る。
「……我、自身だ」
ラドバールの声に、明らかな苛立ちが見え始めた。私は攻勢を緩めない。
「あなたがこの世のすべての魂を汚し、すべての善を食らい尽くし、世界を完璧な『悪』で満たしたとする。その瞬間にあなたから失われる『最も大切な名前』はなに?」
「……我の名だ」
絞り出すような言葉に、怒りの力がこもってくる。
「あなたは神に反逆し、地獄をある意味、法で統治していると言う。では、あなたが地獄に堕ちた人々を苦しめるたびに、一番喜んでいるのは誰?」
「……神だ」
「じゃあ、次は――」
「もういい!!!!」
凄まじい怒りの波動が空間を歪ませ、周囲を駆け巡る。あまりの衝撃に足元が揺らぐが、ここで冷静に、平常を保つ。
「答えられないのかしら? それとも、認めたくないのかしら。智慧の塊であるはずのあなたが、『自分が何のために存在しているか』さえ分かっていないなんて。さあ、約束通り去りなさい。自分の正体も知らない哀れな道化師さん」
「そんなのは、ただの哲学だ」
「あら、論理で勝てなくなると定義を変えるの? それこそ人間がやる『浅はかな保身』じゃない。あなた、いつからそんなに人間臭くなったのかしら?」
「黙れぇ!!!! 小娘ぇ!!!!!」
私の魂を簡単に消し飛ばしそうなほどの怒号がフロアを突き抜ける。でも、私は挫けない。立ち向かってみせる。恐怖を必死に押し殺し、真っ向から悪魔を射抜く。
「あなたは私を簡単に殺せる。でも、それはあなたがあなた自身に負けを認めることよ。逆に、ここで私を見逃せばどうなるかしら? あなたは『自分を言い負かした生意気な人間ですら、慈悲ではなく、契約への誇りゆえに解放した「真に高潔な悪」』として、歴史に刻まれる。私を生かして帰すことこそが、あなたが神よりも理知的で、契約に忠実であるという最大の証明になるの。……さて、どちらが『論理の権化』に相応しい結末かしら?」
一瞬の静寂。そして。
「フッフッフッ……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」
さっきまでの憤怒がまるで嘘のような、腹の底からの笑いが聞こえた。
「保身か。愚かな。私が本気で理性を失うとでも思ったか? 本当に賢い者なら、悪魔が憤慨した時、人間如きに恫喝など必要ないと見抜いたはずだ。一瞬で消し去れば済む話だからな」
冷たい汗が背筋を伝う。ラドバールが、そのおぞましい口角を吊り上げて嗤う。
「浅はかな人間め、その程度の洞察力で、私を言い負かしたつもりか? 滑稽だな」
「論理の主導権」が、無慈悲な音を立ててラドバールの手に戻っていく。私は「揺さぶった」つもりで、その実、奴の描いた「怒りの演技」に踊らされ、最も言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
私は、自らの浅知恵を晒した「見抜けなかった愚か者」として、底なしの窮地に立たされてしまった。




