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追放された聖女ですが、隣国の漆黒公爵様に「君のすべてを愛したい」と毎日とろけるような愛を囁かれています  作者: ラグドール


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6/9

少しわがままな聖女

アルカード様が指先を鳴らすと、廊下の向こうから「服だけ」が歩いてきた。

燕尾服を完璧に着こなしているのに、首から上も、手袋の隙間も、中身は空っぽ。影さえも薄い、魔法の執事。


「セシリア。この城では、君の望みこそが絶対だ。何なりと命じるといい」


アルカード様の甘い許しを得て、私はふわふわと宙に浮くソファに深く身を沈めた。

目の前には、リアム……まだ名もなき執事が、食後のティーセットを運んでくる。


注がれたハーブティーは、見事なまでに二層に分かれていた。

上半分は、目が覚めるほど透き通った瑠璃色。

下半分は、ドロリと沈むような、致死量の毒を思わせる禍々しい漆黒。


「まあ、素敵……。少しだけ、肩が凝ったの。揉んでくれるかしら?」


私がそう口にすると、姿なき執事は音もなく私の背後に回り、丁寧な手つきで肩を解し始めた。体温のない、けれど確かな感触。


「次は、あそこの窓を開けて。それから、その辺りを飛んでいるカーテンを少し短く結んでちょうだい」


次々と気まぐれに頼みごとを重ねる私。

姿なき執事は、そのたびに服を翻し、魔法のように素早く、完璧に私の望みを叶えていく。

『私の中の悪魔を呼び起こして……私が壊れていく。なのに、それがとても心地よい』

かつての私が「わがまま」だと忌避した振る舞いさえ、今の私には最高の遊戯。


ふと、私は背後の気配に見上げるように問いかけた。


「ねえ、あなた。……お名前は?」


一瞬、執事の動きが止まった。

姿は見えないけれど、彼が驚きと困惑に立ち尽くしているのが空気で伝わってくる。

感情を持たないはずの魔法の残滓が、初めて「個」として認められたことへの戸惑い。


「……私の、名でございますか。……恐れ多くも、主より頂いた名は『リアム』と。ただの影に過ぎぬ私を、そのようにお呼びくださるのですか」


「ええ、リアム。素敵な名前ね。よろしくね、リアム」


私がその名を呼んだ瞬間。

中身のないはずの彼の燕尾服が、内側から淡く、銀色の光を放った。

まるで私の言葉が新しい命の灯火になったかのように、彼は深々と、誰よりも美しく膝を折った。


「御意のままに。セシリア様。私のひかりは、今この時より、あなた様のものにございます」


その様子を、アルカード様は満足そうに、けれどどこか飢えた獣のような瞳で見守っていた。

彼はゆっくりと立ち上がり、私の手を取る。


「……リアムにも、新しい役割ができたようだ。だがセシリア、夜はまだ始まったばかりだ。君に、どうしても見せたいものがある」


彼が私を導く先は、城のさらに深奥。

そこには、この世界の誰も知らない、そしてセシリアをさらなる「深淵」へと叩き落とす光景が待っているようです。

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