侵食される自我
ピピンを連れて秘密基地へ向かい、そこからあの出口へと潜り込む。「彼がそこにいてくれますように」――祈るような心地で穴を抜けると、そこには変わらず、白いうさぎのぬいぐるみが腰を下ろして本を読んでいた。その姿を見た瞬間、胸の奥で小さな安堵が広がる。
白いうさぎは、ページを捲る手を止め、ゆっくりと私の方へ振り向いた。
「あなたに、聞きたいことがあるの」
私の言葉を遮るように、彼は静かな声で応じる。
「知っているよ。……記憶の結晶のことだろう?」
「どうして、それを……」
驚きに言葉を失う私に、彼は淡々と真実を告げた。
「私は彼らと違って、思い出を差し出したりはしていない。だから、記憶の失い方が彼らとは少し違うんだ。ここに長い間留まれば、似たような事だがね。だが……君は、彼らと同じ側になってしまったようだね」
「何を言っているの……?」
不気味な予感に背筋が凍る。うさぎは私の動揺を見透かすように、低く呟いた。
「君の場合は、可愛い黄色のガゼルのぬいぐるみ、かな……」
何を馬鹿なことを。そう言い返そうとした瞬間、右手に奇妙な違和感を覚えた。
恐る恐る自分の視線を落とすと、そこにはあるはずの指はなく、代わりにふわふわとした毛に覆われた、黄色い蹄が不自然に存在していた。
「……うそ……っ!」
悲鳴が喉に張り付き、私はその場に腰を抜かした。震えが止まらない。
白いうさぎが、音もなく私の側へと歩み寄ってくる。
「誰かに、自分の『大切な思い出』を渡さなかったかい?」
彼の問いかけに、脳裏をよぎったのは、先ほど交換したばかりの銀のメダル。家族との絆、私の、聖女としてにアイデンティティそのもの。
「ピピン……」
震える唇から、ピピンの名が漏れる。
「……渡してしまったようだね。それはもう、儀式を終えてしまったということだよ」
うさぎの声は、どこか遠く、悲しげに響いていた。
周りを見渡せば、さっきまで一緒にいたはずのピピンがいなくなっていた。
私は絶望の淵に突き落とされた。
「ピピン……信じていたのに……」
恨み言とも、嘆きともつかない言葉を零す私を、うさぎは何も言わず、ただじっと見守っている。離れることも、慰めることもせず、ただそこに在る。
静粛に包まれる洞窟。
私の心もまた、この洞窟のように、音を失っていくようだった。
この異変を止められるのは、最後の宝石を持つアルカードだけかもしれない。
もしあなたがセシリアなら、変貌し始めた体を引きずり、このままアルカードの元へ向かいますか? それとも、必死にうさぎに助けを求めますか? それか、なぜ教えてくれなかったかと怒りますか?
あと時間がどれだけ残されているのか、定かではない状況です。
続きをお楽しみに!




