表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/69

月夜のタンゴ

音楽の奔流は止むどころか、夜の深まりに呼応して、いっそう鮮やかで情熱的な色彩を帯びていく。

旋律が広間に満ちるたび、住人たちの「本来の姿」が陽炎のように立ち上った。その生身の輝きを瞳に焼き付けながら、私は悲しみよりも、胸を貫くような愛おしさに支配されていく。


(ああ、みんな……なんて素敵な顔をしているのかしら。今のあなたたちも、かつてのあなたたちも、私は丸ごと抱きしめてしまいたい)


心根に灯った小さな火は、ステップを刻むたびに全身へと伝播し、指先までを熱く染め上げた。


「アルカード様、実は私……ダンスはあまり得意ではないのです」

密やかな告白。それを受け止めるように、彼は私の腰を引き寄せ、耳元で羽毛のごとき優しさで囁いてくれた。

「心配いらない。君はただ、私の呼吸に身を委ねていればいい。光の果てまで、私が連れて行こう」


たおやかなワルツが静かに幕を下ろすと、大広間の空気は一変した。次に響き渡ったのは、情熱的で鋭いリズムを刻む「タンゴ」


アルカード様のリードは驚くほど力強く、それでいて壊れ物を扱うように繊細だ。漆黒の瞳に見つめられるたび、苦手だったはずのステップは魔法のように滑らかに繋がり、一つの物語へと編み上げられていく。自身のぎこちなささえも喜びに変えてしまう、あまりに完璧なエスコート。


「あはは! 見てください、リアムがヴェノマに振り回されてますぅ!」

ピピンの無邪気な笑い声が弾け、無機質な城の空間が、確かな幸福の騒めきで満たされていった。


(このまま、永遠に時が止まってしまえば……)


そんな切実な願いを嘲笑うかのように、運命の時計の針は残酷に刻を刻み続ける。


やがて最後の一音が夜の静寂に溶け、奇跡のような演奏会は終わりを告げた。


「楽しかったわね」

「たまには、こういう夜も悪くないわね」

「見事な踊りだったでしょ!」

「クラクラする……」

住人たちは口々に余韻を語り合いながら、いつもの見慣れた姿。


そしてさらに時が経てば、それぞれの持ち場へと戻っていく。


その背中を見送る私の胸には、小さな棘が刺さったような寂寥感がこみ上げてきた。楽しい時間が終わったことよりも、光に包まれていた彼らの「真実の容姿」が霧のように消え、再び冷たい仮面の下に隠れてしまったことが、たまらなく切ない。


満たされた幸福感と、やるせない孤独。

相反する感情を抱えたまま、私は冷たいシーツに身を沈め、深い眠りへと落ちていった。


――けれど。

閉じた瞼の裏側では、再びあの情熱的な旋律が鳴り響き始める。


夢の中で、私はまた、大切なみんなと手を取り合って踊り出すのだ。

そこには仮面も呪いも、種族を隔てる壁もありはしない。光溢れる広間で、誰もが一番美しい笑顔を浮かべながら、夜が明けるまでステップを踏み続けていくだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ