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追憶のワルツ

アルカード様がパチンと指を鳴らした瞬間、静まり返っていた大広間に、目に見えない「吐息」が満ちていく。

奏者の姿はどこにもない。けれど、そこには確実に「誰か」が立ち、愛用の楽器を構えたという確かな熱量が、肌を震わせるほどの密度で立ち上る。


空中に漂う細かな光の粒子が、磁石に吸い寄せられるように楽器の前へと集まり、淡く発光する人の輪郭シルエットを形作っていく。


やがて、目に見えない指揮者がタクトを振ったかのように、優雅で甘美な旋律が溢れ出した。


「セシリア。今夜は少し、この城の『記憶』に身を委ねてみないかい?」

アルカード様が、夜の静寂よりも深く、柔らかな所作で私に手を差し伸べる。


私はその温かな手に導かれるまま、夢見心地でステップを踏み出した。

三拍子のリズムに乗せて、私たちは広いフロアを滑るように踊り始める。演奏の昂まりに合わせて、奏者たちのシルエットから放たれる光が、時には吹雪のように激しく舞い、時には木漏れ日のように静かに揺らめいて、私たちを優しく包み込んだ。


ふと視線を転じれば、そこには信じられないほど愛おしい光景が広がっている。


いつもは冷徹な姿見であるミレーヌさんが、ピピンの短い手を引き、慈しむような足取りでダンスに興じていた。

「リアム、あなたもいつまで壁の花でいるつもり? ほら、踊るわよ!」

「ヴェノマ様、困ります。私は執事として……おっと!」

遠慮するリアムを、マダム・ヴェノマが強引に引き寄せる。二人は不器用な言葉を交わしながらも、見事な調和ハーモニーを描いてダンスの輪に加わっていった。


(……ああ、なんて素敵な夜。まるで、このお城が悲しみを知らなかった頃に戻ったみたい)


かつてここで王族や貴族たちを陶酔させていた楽団が、魔法の記憶として残り続けている……。そんなノスタルジックな情景に、私はただうっとりと酔いしれていた。


けれど、ワルツが最高潮に達し、旋律がひときわ高く、切なく響き渡った、その時。

私の瞳に、ダンスを踊る住人たちの「向こう側」が、陽炎のように揺らめいて浮かび上がった。


それは、私を芯から震わせるような、驚きに満ちた真実の姿だった。


リアムのプラチナブロンドの髪は短く切り揃えられ、左目には戦場での誇り、あるいは呪いの証のような深い傷跡が刻まれている。

いつもの燕尾服ではなく、ボロボロに傷ついた白銀の鎧を纏い、剣を持つ代わりに弓を引く。その手は執事のそれよりもずっと節くれ立ち、数多の命を背負ってきた「戦士の手」をしていた。


ミレーヌさんは、ひび割れた肌を持つ、悲劇のような歌姫だった。冷徹な姿見の鏡面がパリンと音を立てて砕け散り、内側から陶器のような白い肌を持つ、繊細な女性が姿を現していた。

長い髪は金糸のように細く、編み込まれた髪には小さな宝石が散りばめられている。けれど、彼女の顔や肩の肌には、まるで壊れた人形のように痛々しい「ひび割れ」が走っていた。

かつてはこの国で最も愛された歌い手だったのかもしれない。彼女の瞳は潤み、冷たい毒舌を吐く唇は、今はただ震えながら愛の歌を紡ごうとしている。


マダム・ヴェノマは全てを見透かす、慈愛の老婆ようだった。傲慢なマダムの植物の仮面が剥がれ落ち、そこには深く刻まれた皺さえも美しい、一人の老婆がいた。腰まで届く雪のような白髪をゆったりと流し、額には賢者の証である黄金の髪飾りを戴いている。彼女の指は、毒を作る指ではなく、誰かの痛みを和らげるために一生を捧げてきた「癒やし手の指」ような、私同様、温かい手だった。死を笑う皮肉屋の面影はなく、聖母のような穏やかな微笑みを湛えている。その瞳は深く、私の孤独さえも包み込むような慈愛に満ちている。


ピピンは光り輝く、純真な幼子おさなごだった。彼女は予想通り。

綿のぬいぐるみの縫い目が光に溶け、中から飛び出したのは、十歳ほどの、黄金の瞳を持つ小さな子供の姿。

ふわふわした髪に、汚れ一つない真っ白なドレス。その背中には、まだ飛ぶこともできないような、羽化したばかりの蝶のように透き通った小さな羽が生えている。

城の怪異としてではなく、ただ愛されるために生まれてきた純粋無垢な存在。ピピンが笑うたびに、周囲にはキラキラとした光の粉が舞っていた。

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