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漆黒の変遷

入浴を済ませ、湯気に包まれて心地よい倦怠感に浸っていた頃。リアムから「公爵様は公務が長引いております。先に食事をお済ませください」との伝言を預かった。私はピピンを連れ、一足先に夜食の席へと向かう。


食卓を囲んでしばらくした頃、ようやくアルカード様が姿を現した。上着を脱ぎ、椅子に沈み込む彼の横顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。


「おかえりなさい、アルカード様。……そんなにお忙しかったのですか?」


私の問いかけに、彼はスープを一匙運び、静かに、けれど穏やかに頷いた。

「エランディアの王太子夫妻を乗せる船は、想像を絶する巨大なものでね。今のままの港では接岸すら叶わない。急ピッチで港の改修を進めているところだよ」


それだけではない。彼は城へと続く街道や、これまで顧みられることのなかった街の舗装までも、一から見直しているという。


「幸い、夫妻は近隣の国々を巡るクルーズの最中だ。我々には、彼らを迎えるための準備を整える猶予が残されているんだ」


私は驚きを禁じ得なかった。かつて「漆黒の公爵」と冷笑され、外界のことなど興味すら示さないと噂されていた彼が、これほどまでに領民やインフラのために奔走しているなんて。


(アルカード様……。あなたがこれほどまでに変わられたのは、一体……)


胸の奥に、陽だまりのような温かさが広がっていく。

「君の方はどうだったかな? 私のいない間、退屈はしなかったかい?」


彼に話を向けられ、私が答えようとした時、隣のピピンが待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「聞いてくださいよぅ、アルカード様! 今日はもう大変だったんですから! 倉庫で鍵のギャグを披露したり、ミレーヌの掃除を邪魔して怒られたり……最後はセシリアと二人で噴水にドボーン! ですぅ!」


ピピンが身振り手振りを交えて語る冒険譚に、アルカード様は喉を鳴らして笑い始めた。その屈託のない笑い声を聞いていると、噴水に落ちた冷たさも、城への不安も、すべてが輝かしい思い出へと塗り替えられていく。


食後、私はマダム・ヴェノマが淹れた新作のハーブティーを味わっていた。今度の香りは驚くほど芳醇で、心まで解きほぐされるよう。


「まだ死ななかったのね、セシリア。……リアムがあれほど警告したのに、自ら進んでこの城に踏み止まるなんて。本当に、残念な子だわ」


マダム・ヴェノマは毒舌を交えつつも、ティーカップを置く手つきに、どこか慈しみを滲ませていりようだった。


「……けれど。その無謀さ、嫌いじゃないわよ。勇敢ね、セシリア」


「……ありがとう。そう言ってくださって、嬉しいわ」


不意に贈られた称賛に、私は胸を熱くして礼を述べた。

そこへ、再びアルカード様が厨房へ訪れ、そっと優しく私の手を取った。

「セシリア。実は、君のために『いいもの』を用意したんだ。ヴェノマ、君も一緒に来てくれるかい?」


案内されたのは、先ほどまで夕食を囲んでいた大広間。

賑やかだったテーブルは跡形もなく片付けられ、そこにはガランとした、けれど清浄な空間が広がっている。ミレーヌさん、リアム、そして落ち着かない様子で飛び跳ねるピピン。城の住人が、今ここに全員集まっていた。


部屋の隅を見渡し、私は息を呑んだ。

椅子の上や床の上に、磨き上げられた大小様々な楽器たちが、まるで私たちの言葉を待っているかのように静かに並べられていた。

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