全てを受け入れる
外の世界では、幼馴染のレオたちが必死に剣を振り、魔法を叫んでいる。硝子にひびが入り、そこから漏れ出す冷気さえ、私には「祝福のミスト」のように感じられた。
「お嬢様! その男から離れてください! それはあなたの魂を削る毒だ!」
レオの悲鳴。でも、私の隣に座るアルカード様は、まるで穏やかなティータイムを楽しむ貴族のように、一切の乱れもなく銀のスプーンを手に取った。
「彼らは騒がしすぎるね。……でも、それももうすぐ終わる。この『忘却のルミエール』が、君をあらゆる重力から解放してくれるから」
目の前に置かれたケーキは、宝石のように美しく輝いていた。銀色のクリームは、月光を煮詰めたような静かな光を放ち、フォークを入れると、しゅわりと雪が解けるような音を立てる。
アルカード様は、自らその一口を掬い取ると、私の唇へと運んでくださった。その動作のなんと優雅で、献身的なこと。まるで、汚れなき小鳥に餌を捧げる聖者のような仕草。
「さあ、お食べ。君を縛る、あの古臭い神の教えも、家族の顔も、昨日までの涙も……すべてこの甘さの中に溶かしてしまおう」
私がその銀色の塊を口に含んだ瞬間――。
『無垢さをすべて、あなたに失わされてる。でもそれはまるで強制ではなく、魅惑のような引き寄せ』
喉を通る熱い陶酔。
最初に消えたのは、幼い頃に覚えた祈りの言葉だった。
次に消えたのは、この国の人々を守らなければという、重苦しい責任感。
大切にしていたはずの思い出が、パラパラと古い本が燃え尽きるように、私の脳内から剥がれ落ちていく。
「……ああ、……あ……っ」
視界が白く明滅する。
望んでいないはずなのに、心の中にいる「もう一人の私」が、その空白を埋めるように歓喜の声を上げている。
『あなただけが、私を感じさせてくれる。……周囲の忠告や意見が、風のように何事もなく通り過ぎていく』
気がつけば、私の背中にあったはずの黄金の光(聖女の加護)が、じわじわと濁り、不気味なほど美しい漆黒のオーラへと変質していた。
純白だったドレスは、裾から夜の闇が這い上がるように黒く染まり、頭上の光輪は砕け散って、鋭利な黒水晶の冠へと形を変えていく。
「私の中の悪魔を、あなたが呼び起こしたのね……」
私は、アルカード様の冷たい手に自分の手を重ねた。
今、この瞬間、私は「神の愛」を捨て、「一個の男の狂気」を選んだ。
聖女として死に、彼の「所有物」として新しく生まれたのだ。
「こんなに生きてる心地と、心の中が死んでる心地の両方を味わえるなんて……。なんて、心地よいのかしら……」
外で跪き、絶望に顔を歪めるレオと目が合った。
彼は私が「呪われた」と思って泣いている。でも、私は彼に向かって、人生で一番美しい、そして一番残酷な微笑みを浮かべてみせた。
「レオ、ありがとう。あなたの花火、とっても綺麗だったわ。……でも、もう、私には何も聞こえないの」
私はアルカード様の腕の中に倒れ込んだ。
彼は私を抱き寄せ、その耳元で、この世で最も甘く、最も汚れた祝福を囁いた。




