魔法の牢獄
どれほど歩いたかしら。
百歩、千歩……それとも、もう何時間も同じ場所を回っているだけ?
目の前にあるのは、常に「何もない部屋」と「一枚の絵」。
変化を探そうと壁の傷一つ、床のタイルの継ぎ目一つを凝視しても、無情なほどにそれらは完璧な同一性を保っていた。
(……出口なんて、最初からなかったの?)
足が重い。呼吸が浅くなる。
ついに膝の力が抜け、私は部屋の中央、あの「熱い床」の上に座り込んでしまった。
周囲は静まり返り、聞こえるのは自分の早まる鼓動だけ。世界に自分一人だけが取り残されたような、胸を掻きむしりたくなるほどの孤独感が私を襲った。
「ピピン……助けて、ピピン……」
涙がこぼれそうになったその時だった。
どこからか、風の囁きよりも微かな、けれど聞き間違えるはずのない声が届いた。
『――様! セシリア様ぁ!』
「……ピピン!?」
私は弾かれたように顔を上げ、声のした方へ這い寄った。
辿り着いたのは、壁に掛けられたあの「部屋を描いた絵」の前だった。
見た目は何の変哲もない、ただの絵画。けれど、耳を近づけると、確かにキャンバスの向こう側から、必死に私を呼ぶピピンの声が漏れ聞こえてくる。
「ここにいたのね……。待っていて、今助けるわ!」
私は躊躇うことなく、絵の中の「空間」に向かって指先を突き出した。
冷たい絵の具の感触を予想していた指先は、まるで水面に触れたかのように、波紋を立てて「絵」の中へと吸い込まれていった。
(これだわ。実像は、この中にある!)
私は意を決して、体ごと絵画の闇へと飛び込んだ。
――視界が激しく反転し、強烈な光が網膜を焼く。
次に目を開けた時、私は冷たい床の上に仰向けに倒れていた。
「……あ、あうぅ……」
「セシリア様! セシリア様ってばぁ! よかった、目が覚めましたぁ!」
視界がはっきりしてくると、心配そうに私を覗き込むピピンの、ふかふかな顔が目の前にあった。彼女は短い手で一生懸命に私の肩を揺さぶっている。
「ピピン……? 私、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよぅ! 急にセシリア様がぼーっとしたかと思ったら、そのまま糸が切れたみたいにパタリと倒れちゃうから……ピピン、綿が飛び出しちゃうくらい心配したんですよぅ!」
どうやら、私があの無限回廊で彷徨っていた間、現実の私はただ倒れていただけだったらしい。
けれど、私の掌の中には、あの部屋で拾ったはずの「赤いハンカチ」が、確かな重熱を持って握りしめられていた。




