拒絶の蒼
「なーんだ、キラキラしてるだけで、大した物じゃなかったですねぇ」
隣でピピンが、飽きたようにスライスされた水晶を蹴飛ばして笑っている。けれど、私の指先に残る蒼い宝石の冷たさは、そんな軽口を許さないほどに重い。
塔を下りる足取りは重かった。ふと見れば、城の内装は私たちが登るときよりもさらに鮮やかさを増している。剥げかかっていた壁紙には金糸の刺繍が蘇り、手すりの彫刻は今にも動き出しそうなほど生々しい。
(この城は、何かを『食べて』美しさを取り戻しているの……?)
そう直感したとき、階段の踊り場でリアムと鉢合わせした。
「……リアム、ちょうどよかった。これを見て――」
私が蒼い宝石を差し出した瞬間、リアムの顔から一切の血の気が引いた。いや、彼の半透明な体そのものが、ノイズのように激しく震え始めたのだ。
「……っ、それを……それを私に近づけないでください……!」
「リアム?」
「自分が……今の自分が自分でなくなってしまう……! 恐ろしい、なんて禍々しい光」
彼は頭を抱え、まるで獣のような悲鳴を飲み込むと、形式的な挨拶さえ忘れて逃げるように廊下の奥へと消えていった。
「変なリアム。あんなに綺麗な石ころが怖いなんて、弱虫さんですねぇ」
呆然と立ち尽くす私に、ピピンが不思議そうに首を傾げる。
私は何も答えられず、ただその宝石をハンカチに包み、肌身離さず大切にドレスのポケットへ仕舞い込んだ。
「……次は、これね」
私はもう一つのポケットから、マダム・ヴェノマの「赤い革靴」を取り出した。この歪みを解くには、彼女の言葉も必要だ。
「ピピン、マダムは今、どこにいるか分かる?」
「うーん、今は何時でしょう……。えいっ」
ピピンが綿の体のどこからか、手のひらサイズの可愛らしい懐中時計を取り出した。銀の細工が施された、古風だが手入れの行き届いた時計だ。
「素敵な時計ね、ピピン。……それも、誰かからの贈り物?」
「えへへ、いいでしょう! これ、針が反対に回るんですよぅ。ほら、見てください、セシリア! 今は『おやつの三分前』の『三日前』です!」
「……ええと、それはつまり、今は何時なのかしら」
私たちは顔を見合わせ、逆回転する針を見つめながら、時計の仕組みについてしばらく真剣に話し込んでしまった。ピピンの理論では「時間は戻るもの」らしいけれど、私の聖女としての常識ではどうにも理解が追いつかない。
「――はっ! そうだったわ、今はそんなことをしている場合じゃないわね」
我に返った私が尋ねると、ピピンは時計をパチンと閉じ、自信満々に答えた。
「マダムなら厨房ですよぅ! この時間はいつも、お花のエキスで不思議な飲み物を作ってるんです!」
厨房へ向かうと、そこには芳醇なハーブの香りが立ち込めていた。
湯気の向こうで、マダム・ヴェノマが大きな鍋をゆっくりとかき混ぜている。彼女は私たちの気配に気づくと、妖艶な笑みを浮かべて振り返った。
「あら、可愛いお客様。ちょうどいいわ……新作のハーブティーを淹れたところなの。毒見をしていかないかしら?」
差し出されたカップからは、どこか懐かしく、けれど背筋が凍るような、不思議な香りが立ち昇っていた。




