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星を刻む塔

アルカード様が城を離れるのを見送った後、城内は奇妙な静寂に包まれていた。まるであるじの眼差しが消えたことで、城そのものが深く長い息を吐いたかのような、重苦しくも自由な空気。


私はクローゼットの奥から、冷たい『砂の本』と赤い革靴を抱き上げると、ピピンの元へ急いだ。


「ピピン。リアムが言っていたこと……『巨大な星をスライスして、朝食のサラダに入れた』。そんな馬鹿げた光景、この城のどこかに心当たりはないかしら」


私の問いに、ピピンは人差し指を口元に当てて「うーん」と唸った。

「星のサラダ……。あ! セシリア、一番高いところですよぅ! 天文塔のさらに上、誰も掃除に行かない『空の貯蔵庫』なら、そんな変なものがあるかもしれません!」


私たちは、埃の匂いが立ち込める古い螺旋階段を登り始めた。一段踏みしめるたびに、石の階段が「ギィ……」と悲鳴を上げる。

辿り着いた最上階の扉を押し開けると、そこは屋根が崩れ落ち、昼間だというのに深い藍色の夜空が、まるで蓋のように被さっている場所だった。


「……これ、は……」


息を呑んだ。

そこには、巨大な水晶の塊がいくつも転がっていた。けれどそれは、ただの鉱石ではない。内側から淡い銀色の光を放ち、ゆっくりと脈動している、本物の『星の欠片』のように見えた。

そしてそのいくつかは、リアムの言葉通り、鋭利な刃物で薄く、均等に切り分けられていた。スライスされた「星」の断面からは、虹色の光が液体のように溢れ、床を汚している。


(リアムは……本当に、これを料理していたの? こんな、人知を超えたものを……)


私は冷たい風が吹き抜ける中、スライスされた星の山へと膝をついた。

指先を動かし、尖った破片をかき分ける。カチカチと硬質な音が、静かな塔の中に響く。

すると、その光る屑の中に、場違いなほど「重苦しい黒」を放つものを見つけた。


「……台座?」


それは、かつて何かを嵌め込んでいたであろう、銀色の台座だった。

手のひらに乗せると、それは驚くほど冷たく、私の体温を吸い取っていく。私は自分の左手を掲げ、アルカード様から贈られた「婚約指輪」と見比べた。

細工、曲線、金属の質感……。

間違いなく、この台座は私の指輪と同じ作りだ。けれど、この台座には肝心の「石」がない。


「セシリア! こっちに、ピカピカの落とし物がありますよぅ!」


ピピンが水晶の隙間に潜り込み、何かを抱えて戻ってきた。

彼女が差し出したのは、私の指輪の石と対をなすような、深い深い蒼色の宝石だった。


私は吸い寄せられるように、その石に触れた。

触れた瞬間、視界がぐにゃりと歪む。


『――いいか、この城の光は、私たちが刻む星の鼓動で持っているんだ』


頭の中に、見知らぬ男の声が響く。

それは今の虚ろなリアムではない。もっと傲慢で、けれど責任感に満ちた、強い「王の執事」の声。

一瞬だけ見えたヴィジョン。この塔で、今のリアムと同じ礼装を着た男が、星をスライスしながら、誇らしげに空を仰いでいた。


(この石は……リアムの。いいえ、歴代の城主に仕えた者たちの、失われた『核』……?)


私は震える手で、その蒼い宝石と台座を握りしめた。

その時、ドレスの中に隠していた『砂の本』が、まるで私の鼓動に呼応するように、ドクン、ドクンと熱を帯び始めた。

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