黄金の試練と、白いうさぎの審判
光の魔法で照らされた壁に、冷酷な横文字が刻まれていく。
『商人はこれを積み上げ、王はこれを守り、悪人はこれを盗む。
しかし、ここにある金貨を一枚でも手に取れば、お前の持ち物は「増える」のではなく「減る」ことになる。
さて、金貨を盗んだとき、お前から失われる「最も重いもの」は何だ?』
「セシリア、これ何かの呪文ですかぁ? 難しい呪文は耳が痒くなるから嫌いですぅ」
「呪文じゃないわ、ピピン。……問いかけよ」
通路が大きく開けた先、そこには天井まで届きそうなほどの黄金の山が築かれていた。照明魔法の光を跳ね返し、暴力的なまでの輝きが私たちの目を射る。
「わぁぁぁ! お宝です! 金貨がいっぱいですぅ!」
はしゃいで駆け出そうとするピピンを、私は咄嗟に、けれど優しく抱きかかえた。
「もぅ、離してくださいよぅ! ピピン、一人で歩けますってばぁ!」
「だめよ。また罠にハマってしまったら困るでしょう? ……いい、ピピン。あの金貨に触れてはだめ。あそこに手を伸ばした瞬間、私たちは『命』よりも重い、自分自身の『誇り』と『自由』を失うことになるわ」
私は黄金に見惚れて目を輝かせているピピンをしっかりと腕の中に固定したまま、誘惑の光を背にして、脇にある細い脇道へと迷わず進んだ。金貨の擦れ合う音さえも、今の私には堕落への誘い文句にしか聞こえなかった。
暗く細い道をしばらく進むと、これまでの洞窟の湿った冷気とは違う、乾いた古い紙の匂いが漂ってきた。
「……明かりが見えるわ」
出口を抜けた先は、奇妙な空間だった。そこにはあの白いうさぎのぬいぐるみが、山のようなガラクタに囲まれて鎮座していた。そして、その周囲の分かりやすい場所には、私が隠したはずのリアムの肖像画や、マダムの赤い靴が丁寧に並べられていた。
「お友達……ですかぁ? ちょっと似てるけど、ピピンの方が可愛いですよねぇ」
「……分からないわ。でも、敵意があるようには見えないけれど」
私たちが近づくと、白いうさぎのぬいぐるみが、ピクリと耳を動かしてゆっくりと頭をもたげた。その口から漏れ出たのは、ピピンとは対照的な、年老いた賢者のような、低く落ち着いた声だった。
「……驚いたな。ここへ来るための道は、知性なき者には示さず、欲深き者には牙を剥くように造ったはずだ」
うさぎはボタンの瞳で、私と、私の腕の中で暴れるピピンを値踏みするように見つめた。
「旅人よ。お前は『正解』を答えてここへ来たのか? それとも、『正解などない』と知ってここへ来たのか?」
私はピピンを地面に下ろし、うさぎの前に一歩踏み出した。
「『最も重いもの』。私が金貨に触れて失うはずだったのは、私の『名前』よ。過去を捨て、ただの欲の奴隷になることを私は拒否した。……あなたが『正解』を求めているなら、それが私の答えよ。けれど、もしあなたが私を試しているだけなら――その答えさえ、今の私には不要だわ」
私の言葉に、白いうさぎのぬいぐるみが、わずかにはじけるような笑い声を上げた。




