冬の向日葵
ピピンの「秘密基地」から持ち帰った、噛み跡だらけの儀礼剣。
私はそれをドレスに隠し、廊下で給仕の準備をしていたリアムを呼び止めた。
「ねえ、リアム。……これ、見覚えはないかしら?」
影のような彼の前に、歪んだ剣を差し出す。
姿なき執事は、中身のない頭部をわずかに傾け、冷ややかな、けれどどこか遠い場所を見つめるような気配を見せた。
「……おや。懐かしいですね、セシリア様。私の記憶の中にある『甘い氷菓の剣』によく似ています」
「これ……あなたのものだったんでしょう? 誰がこんなにボロボロにしたの?」
私の問いに、リアムは感情の読み取れない声で淡々と答えた。
「さあ……。ただ、懐かしいとは感じますが、同時にひどく虚しい。何かが、決定的に足りないのです。……思い出というものは、これほどまでに味気ないものでしたかな」
リアムの反応は、拒絶というよりは「空洞」だった。
私は剣を引っ込め、胸の鼓動が速くなるのを感じた。
(懐かしいけれど、足りない……。ヴェノマさんも、赤い革靴の話をした時に、同じような『欠落』に怯えていたわ)
リアムの言っていた言葉を、必死に思い出す。
『冬に咲き誇る向日葵の下で、家族と苺の収穫をした』
常識で考えればあり得ない光景。けれど、この城の主であるアルカード様なら、そんな矛盾した絶景さえ、箱庭の中に作り上げているはずだわ。
「ねえ、ピピン。このお城に、向日葵が咲いている場所はないかしら?」
「向日葵ですかぁ? ありますよぅ! でも、あそこはとっても寒くて、ピピンの綿が凍っちゃうから嫌いです!」
ピピンに案内させたのは、庭園のさらに北端。
そこには、巨大な硝子細工のようなドームが聳え立っていた。
中に入った瞬間、突き刺すような氷の洗礼を受けた。
一面の雪景色。けれど、その降り積もる雪を突き破るようにして、背の高い向日葵が爛々と黄金の輪を広げている。
そしてその根元には、不自然に赤々と熟した苺が、氷の粒を纏って実っていた。
「……あったわ。リアムの言っていた、矛盾の庭」
私は震える手で、向日葵の影に隠された雪を掘り返した。
すると、そこには一枚の古びた**『肖像画』**の破片が埋まっていた。
描かれていたのは、騎士の礼装に身を包み、この城の玉座に堂々と腰掛ける――今よりもずっと傲岸不遜な瞳をした、生前のリアムの姿。
「……うそ。リアムが、玉座に?」
その瞬間、手首の「蛇の痣」が、これまでにないほど激しく脈打った。
頭の中に、アルカード様ではない「誰か」の嘲笑が響く。
『次は、お前の番だ』
「セシリア様ぁ? 何を見つけたんですかぁ? ピピンにも見せてくださいよぉ!」
背後からピピンの声。私は咄嗟に肖像画を隠し、作り物のような笑顔を浮かべて振り向いた。
「なんでもないわ、ピピン。ただ……少し、この苺が美味しそうだと思っただけよ」
私は凍りついた苺を一つ摘み、口に放り込んだ。
甘みなどしない。ただ、鉄のような血の味と、圧倒的な「敗北」の味がした。




