綿の詰まった子
城の夜は、生き物のように深い。
新しい部屋の、広すぎるベッド。指輪が私の指先をトク、トクと一定のリズムで締め付ける感覚が、まるでアルカード様の鼓動のように思えて、私はなかなか寝付けずにいた。
「……ふわぁ。……アルカード様、今頃は何をしてらっしゃるかしら。私のことを考えて、眠れずにいらしたら嬉しいのだけれど」
寝返りを打った、その時だった。
視界の端に、暗闇に浮く「丸い影」が映った。
驚いて飛び起きようとした瞬間、ゴンッ! と鈍い衝撃が走る。
「いたたたたっ……!」
「ひゃあかっ! びっくりしたぁ!」
暗闇でぬっと私の顔を覗き込んでいたのは、ぬいぐるみメイドのピピンだった。私は後頭部を押さえながら、涙目で暗闇の影を睨みつけた。
「……びっくりしたのはこっちよ、ピピン?だっけ?……こんな真夜中に、人の顔の真横で何をしていたの?」
「ピピンもびっくりしましたぁ。セシリアが急に動くから、綿が飛び出るかと思いましたよ」
「……それで、私に何か用かしら?(というか、あなたの部屋はどこなの?)」
後頭部の痛みに耐えながらツッコんだ私をよそに、ピピンは「えへへ」と笑いながら、短い手足でよじよじとベッドに上がってきた。そのまま私の足元にちょこんと座り、宝石ような瞳をキラキラさせて私を見つめる。
「ねえねえ、セシリア! 公爵様との恋バナ、聞かせてくださいっ! ピピン、甘〜いお話が大好きなんです!」
「恋バナ……? まあ、いいけれど。そうね、アルカード様は本当に紳士的なのよ。初めてお会いした時なんて、私の手を取って、『君の血管の中を流れるその清らかな祈りを、一滴残らず僕の色に染め替えてしまいたい』って、うっとりするような声で囁いてくださったの」
「キャーッ! 素敵! 輸血のプロポーズみたい!」
ピピンが可愛らしくはしゃぐので、私もついつい話し込んでしまった。
「それにね、昨日の夜食の時も、私が少し疲れた顔をしていたら、『君の疲れを癒やすために、この街の眠りをすべて奪ってきたよ』って。その直後に街中の明かりが消えて、静まり返ったのは少し驚いたけれど、私の安眠を第一に考えてくださるなんて、本当に愛されているわ」
「あぁ〜ん! 最高ですぅ!」
ピピンはベッドの上で仰向けにひっくり返り、短い両手で顔を覆って足をジタバタさせた。
「奪われた街の人たちの絶望が、セシリアの安眠の枕になるなんて! 究極のロマンチックですわぁ!」
ピピンが幸せそうに悶絶しているのを見て、私も「やっぱり私の恋は正しいのね」と確信を深める。ふと、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねえ、ピピン。あなたたちは、ずっとこの城にいるの? ヴェノマ?やミレーヌ?も……」
「ええ! ヴェノマは、昔お城の庭を荒らした盗賊を全員食べちゃってから、公爵様にエプロンをもらってメイドになったんですよ。ミレーヌは、自分の美しさに嫉妬したお姉様たちを全員鏡の中に閉じ込め込めちゃったから、居場所がなくてここに来たんですって!」
「まあ、二人とも情熱的な過去があるのね。少しお転婆なだけじゃない」
「はいっ! でもミレーヌだけは、ヴェノマに逆らえないんですよ。だって以前、ヴェノマ、怒ると根っこで締め上げて、ミレーヌに『肥料代わりに埋めるわよ』って笑うんですもの。シュールですよねぇ」
ピピンは楽しそうに笑いながら、私の布団の中に潜り込んできた。
「ピピン、セシリアのこと大好きです。……だから、あのお星様みたいな指輪が、セシリアの指を切り落とす前に、たくさんお話してくださいねっ!」
「……えっ?」
「おやすみなさい、セシリア! 明日の朝食は、公爵様が特注した『震えるお肉』ですよぉ!」
ピピンはそのまま、幸せそうにスースーと綿息を立て始めた。私は最後の一言に少しだけ首を傾げたけれど、ぬいぐるみの柔らかさに包まれているうちに、「きっとお肉が美味しすぎて震えるってことね」と納得して、ゆっくりと目を閉じた。




