公爵様とのデート
「ねえ、アルカード様。今日の風は、なんだか……魂を削り取るような、芳醇な香りがしますわね」
私は、彼が差し出してくれた漆黒の馬車に乗り込んだ。
馬車の車輪は、なぜか道端に転がっていた「呪いの石像」を粉々に砕きながら進んでいるけれど、私にはそれが祝福のフラワーシャワーの音にしか聞こえない。
「ああ、君のその空虚な瞳。……今日は、王都の広場で『静寂』をプレゼントしよう」
彼が指をパチンと鳴らすと、広場の中央にある巨大な噴水から、水ではなく真っ赤な……たぶん上質な赤ワインか何かが噴き出した。
周囲の人たちが「ひっ、呪いのアビスが溢れ出したぞ!」と叫びながら逃げ惑っている。
でも、その阿鼻叫喚の叫び声さえ、私にとっては彼との愛を祝う聖歌隊のコーラスのよう。
「見て、アルカード様。皆、あんなに情熱的に踊り狂って(逃げ惑って)……。私たちの愛を祝福してくれているみたい」
「そうだな。君が望むなら、この世界の色彩をすべて奪い去って、私の色に染め上げてあげよう」
彼の視線が、私の首筋をなぞる。
その瞬間、私の背筋に走ったのは、暴力的なまでの悦び。
『無垢さをすべて、あなたに失わされてる』
頭のどこかで、かつての私が警鐘を鳴らしている。
「逃げて、あれは愛じゃない、ただの破滅よ」って。
でも、そんな声はもう、遠い異国の言語のように意味をなさない。
彼が私の手を取り、跪いて指先に口付けた。
その瞬間、私の足元から影が伸び、周囲の建物が音を立てて崩れ去っていく。
「私の中の悪魔を呼び起こして……。ああ、壊れていくわ。建物も、街も、そして何より、私の理性が……!」
崩壊する時計塔を見上げながら、私は彼に抱き寄せられた。
瓦礫が降る中でのキス。
死の香りと、生きている実感。
「……なんて、心地よいの」
私は、彼の胸に顔を埋めた。
背後で、必死に私を助けようとしていた騎士団が、彼の放ったケルベロスに追い回されているのが見えたけれど。
「頑張ってね」と心の中で小さくエールを送って、私は目を閉じた。




