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8.凍える世界と、息づく大地

「種を蒔くぞ。カブと二十日大根ラディッシュだ」


堆肥を土に馴染ませてから一週間後。 俺はうねを作り、小さな種を丁寧に植え付けていった。


「こんな時期にですか?」


セリアが空を見上げながら不安そうに尋ねる。 空は鉛色に淀み、冷たい風が吹き下ろしている。


「ガレの冬は早いです。あと数日で『寒波』が来ますよ。しかもただの寒さじゃない、魔力が枯渇した土地特有の『吸魔の寒風マナ・コールド』です。魔法で守られた温室ならともかく、露地栽培なんて正気の沙汰じゃありません」


「知ってるさ。だからこそ、今蒔くんだ」


俺は手を休めずに種に土を被せた。 吸魔の寒風。大気中のマナが希薄になることで気温が急激に低下し、生き物の生命力を奪う現象だ。 父上の領地でも、この時期は魔法使いたちが結界を張り、無理やり温めることで作物を守っているはずだ。だが、それでも弱い苗は枯れる。


「普通なら全滅だ。……だが、俺の畑は『生きている』からな」


   ◇


数日後、予言通り寒波が到来した。 夜になると気温は氷点下を割り込み、朝起きるとあたり一面が白い霜に覆われていた。


「うぅ……寒い……」


ボロ屋敷(領主館とは名ばかりの小屋)で、セリアが毛布にくるまって震えている。 火をおこしているが、隙間風が容赦なく体温を奪っていく。


「アレク様、畑は……畑は大丈夫でしょうか。せっかく芽が出たばかりなのに、この寒さでは……」


彼女は俺が植えた野菜の心配をしていた。 あの日、泥まみれになって一緒に土作りをしたことで、彼女の中にも作物への愛着(あるいは執着)が芽生え始めているらしい。


「心配ない。見に行ってみるか?」 「えっ、今からですか?」


俺たちはランタンを手に、深夜の畑へと向かった。


外は極寒の地獄だった。 吐く息が瞬時に白く凍る。岩盤の表面には分厚い氷が張っている。 これでは、どんな植物も細胞壁が破壊されて死滅するだろう。


だが。 俺たちの畑に近づいた瞬間、セリアが足を止めた。


「……あれは?」


闇の中で、ぼんやりと白いもやのようなものが揺らめいていた。 それは畑の土から立ち上る、温かい蒸気だった。


「湯気……? どうして、火も焚いていないのに」


「言っただろ。微生物が食べて、活動して、熱を出してるんだ」


俺はしゃがみ込み、土に手を触れた。 温かい。 外気温はマイナス5度だが、土の中は20度近くあるだろう。 たっぷりと混ぜ込んだ有機物が分解される際に発生する「発酵熱」。それが天然の床暖房となり、さらに立ち上る蒸気が霜除けのカーテンとなって、幼い苗を冷気から守っているのだ。


「見てみろセリア。この子たちは、こんなに元気だ」


俺がランタンを近づけると、蒸気の奥で、青々とした双葉がピンと背筋を伸ばしていた。 寒さに負けるどころか、地熱の恩恵を受けてぬくぬくと育っている。


「すごい……。魔法結界もないのに、雪の中で植物が育っているなんて」


セリアはその場に膝をつき、震える指で葉に触れようとして、引っ込めた。 神聖なものを見る目だった。


「魔法は万能じゃない。エネルギーを外から無理やり与えるだけだ。だが、この熱は内側から湧き出ている。命の熱だ」


「命の、熱……」


「そうだ。俺たちが汗水垂らして作った堆肥が、この子たちの毛布になってるんだよ」


セリアはしばらく無言で、揺らめく湯気を見つめていた。 やがて、彼女はぽつりと呟いた。


「……私、貴方のことを誤解していました」


「ん?」


「貴方は狂人だと思っていました。でも違った。貴方は誰よりも、この世界のことわりを知っているのですね」


「買い被りすぎだ。俺はただの土オタクだよ」


俺は笑って立ち上がった。


「さあ戻ろう。人間様のほうが風邪を引いちまう」


その夜、寒波はさらに強まったが、俺は安心して眠りについた。 その一方で、遠く離れた父の領地では、魔法使いたちが悲鳴を上げながら結界の維持に走り回り、それでも次々と枯れていく作物に絶望していることなど、知る由もなかった。

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