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5.魂の設計図

ガンテツは鼻を鳴らし、汚いものを見るように俺の設計図を覗き込んだ。 最初は「どうせ落書きだろう」という侮蔑の色があった。 だが、数秒後。 彼の目が大きく見開かれ、無言で紙を顔に近づけた。


「……なんだ、この形状は」


そこに描かれているのは、この世界の常識的な「クワ」とは似ても似つかない代物だった。


「ただの鉄板を曲げただけのクワじゃ、魔断層の反発力に負けて柄との接合部が折れる。だから、刃の角度を45度ではなく、土の抵抗を流す流線型にした」


俺は図面を指差しながら解説を始めた。前世の物理学と、農機具メーカーの技術の結晶だ。


「刃先には炭素含有量の高い硬い鋼を使い、その芯材には衝撃を吸収する粘りのある軟鉄を使う。日本刀と同じ『合わせ』の技法だ。さらに、柄との接続ソケットは六角形のボルト止め構造にして、衝撃を一点に集中させない」


ガンテツの目つきが変わった。 ただの老人から、獲物を前にした狩人の目へ。 彼はブツブツと独り言を呟き始めた。


「衝撃分散……複合素材……なるほど、刃を肉厚にしつつ、重心を手元に置くことで振り抜きやすくしているのか。……馬鹿な、これは農具じゃない。対重装甲用のウォーハンマー(戦槌)の理論だ」 「その通り。俺にとって開拓は『戦争』だ。敵は大地。だから、最強の『武器』が必要なんだよ」


俺の言葉に、ガンテツが顔を上げた。 その口元が、ニヤリと歪む。凶悪な笑みだった。


「……面白い。魔法使いの軟弱者どもは、杖を振って楽しようとしやがる。土と鉄がぶつかり合う手応えなんぞ忘れちまった。だが、小僧。お前は本気で『鉄』でねじ伏せる気なんだな?」 「ああ。魔法なんかじゃ、あの土の機嫌は直せないからな」


ガンテツは作業台をバンと叩いた。


「気に入った! 引き受けてやる! ……だが、条件があるぞ」


彼は工房の奥から、布に包まれたひと塊の金属を持ってきた。 布を解くと、薄青い光を放つ銀色のインゴットが現れた。


「ミ、ミスリル……!?」


セリアが素っ頓狂な声を上げた。 魔法金属ミスリル。鉄より軽く、ダイヤモンドより硬く、魔力を通す性質を持つ最高級素材。小さな短剣一本で城が買えるほどの値段がつくシロモノだ。


「魔断層を相手にするなら、普通の鋼じゃすぐにガタが来る。このミスリル合金を使う。芯材には、倉庫に眠っているアースドラゴンの骨を使うぞ」 「ド、ドラゴンの骨ぇ!?」


セリアが卒倒しそうになっている。 農具の材料として聞いていい単語ではない。


「だが小僧、これだけの材料だ。加工費も含めれば金貨100枚は下らんぞ。払えるのか?」


ガンテツが試すような目で俺を見た。 当然、そんな金はない。俺の手持ちは金貨5枚だけだ。


俺は迷わず、腰に下げていた短剣を外し、さらに首にかけていたペンダントを外して台に置いた。 短剣は家紋入りの儀礼剣。ペンダントは亡き母の形見であり、最高級のルビーが埋め込まれている。


「アレク様!? それはお母様の……!」 「過去おもいでで腹は膨れないし、畑も耕せないさ」


俺はガンテツを見据えた。


「俺の持っている『貴族としての価値』はこれで全部だ。足りなければ、俺が今後作る作物の優先購入権をつける。……頼む、打ってくれ」


静寂が流れる。 炉の炎が爆ぜる音だけが響く。


やがて、ガンテツは腹の底から愉快そうに笑い出した。


「カッカッカ! いい度胸だ! 貴族の証を捨てて、クワを取るか! 最高だ、最高にイカれてやがる!」


彼は俺の出した家宝を無造作に箱に放り込むと、ミスリルのインゴットを炉に放り込んだ。


「おい女! ふいごを回せ! 小僧、お前はつちを持て! 相槌あいづちを打ってもらうぞ!」 「えっ、私がですか!?」 「望むところだ!」


「これから三日三晩、寝かせんぞ! 世界最強のクワを世に産み落とすんだ、気合い入れろぉッ!!」


ガンテツの怒号と共に、俺たちの熱い夜が始まった。 それは、魔法に頼り切ったこの世界に対する、鉄と汗による宣戦布告のようでもあった。


三日後。 朝日が昇る頃、俺の手には一本の「農具」が握られていた。


青白く輝く刃。ドラゴンの骨を削り出した白い柄。 どう見ても、神話級の魔獣を葬り去るための魔槍ハルバードにしか見えない。 だが、これはクワだ。俺がそう決めたから、これはクワなのだ。


「名はどうする」


目の下に隈を作ったガンテツが、満足げにタバコをふかしながら尋ねた。


俺は朝日を反射して輝くその刃を愛おしく撫で、即答した。


「『ミスリル・ホー』。……いや、日本風に言おう。『万能鍬・開拓丸かいたくまる』だ」 「……ダサいわ」


セリアがボソリと呟いたが、俺の耳には届かなかった。 これで戦える。 俺はガンテツに深く頭を下げ、相棒(開拓丸)を肩に担いで店を出た。


「待ってろよ、ガレの岩盤。今度こそ、泣かせてやるからな」


俺たちの本当の戦い――「土作り」という名の泥沼の戦争は、ここからが本番だった。

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