57.魔界からの贈り物
「ふぅぅ……。食った……。これほど満たされたのは、生まれて初めてだ……」
食事が終わり、魔王は膨れた腹をさすりながら、満足げに息を吐いた。 その表情は、憑き物が落ちたように穏やかだ。
「どうだ、魔王。人間界の飯は」
俺がお茶を出すと、魔王はそれをズズッと啜り、深く頷いた。
「完敗だ、アレク。我々の負けだ。こんな美味いものを作る種族を滅ぼせば、二度とこの味にはありつけん。それは世界にとって最大の損失だ」
「わかってくれたなら何よりだ」
「だが……」
魔王が居住まいを正した。
「タダ食いは、魔王のプライドが許さん。アレクよ、代金を払わせてくれ」
「金貨なら要らんぞ。ガレはもう十分金持ちだからな」
「金ではない。……これだ」
魔王は懐から、革袋を取り出した。 中から出てきたのは、ゴツゴツとした、焦げ茶色の楕円形の実だった。
「これは魔界の深部に自生する『ビターナッツ』だ。そのままでは苦くて食えんし、魔族もあまり好まん。だが、疲れた時に齧ると不思議と力が湧く」
「……ん?」
俺はその実を手に取り、「鑑定(観察眼)」を発動した。 硬い殻。独特の香り。そして、この形状。
(まさか……)
俺は懐からナイフを取り出し、殻を割った。 中には紫色の豆が詰まっている。 ひとかけら口に入れ、噛み砕く。 強烈な苦味。だが、その奥にある、酸味とコク、そして芳醇な香り。
「ビンゴだ……!!」
俺は思わず立ち上がった。 間違いない。これは「カカオ豆」だ。それも、魔界の過酷な環境で育ったせいか、魔力を帯びた最高級の品種だ。
「どうした? やはり人間の口には合わぬか?」
魔王が不安そうにするが、俺は興奮を抑えきれずに笑った。
「いや、最高だ。これこそ、俺がずっと探していた『最後のピース』だ!」
「最後……?」
「魔王、アンタは運がいい。これがあれば、このコース料理の最後を飾る、究極の『デザート』が作れる」
「デザート……? 甘味のことか? だが、その実は苦いぞ?」
「フフフ、見てろ。この苦い豆が、世界で一番甘くて、とろける宝石に変わる魔法を見せてやる」
俺は厨房へ走った。 カカオがある。砂糖がある。牛乳(牛太郎印)がある。小麦粉も卵もある。 作れる。 バレンタインデーに勇者が魔王に叩きつけるような、愛と平和の象徴。 「チョコレート」を!
「セリア、泡立て器を用意しろ! エリル、火加減を頼む! ルミナ、浄化魔法で雑菌をシャットアウトだ! 総力戦でいくぞ!」
「はいッ!」
俺たちの最後の調理が始まった。 世界を平和にする、黒くて甘い魔法を作るために。




