56.主菜:火と油の狂宴
「さて、ここからは少し趣向を変えますよ」
しんみりと出汁の余韻に浸る魔王の前に、熱した鉄板が運ばれてきた。 ジュウジュウと音を立てているのは、ガレ公国が誇る最高級食材、レッド・バイソンのサーロインステーキだ。 表面はカリッと香ばしく焼き上げられ、中は美しいロゼ色。そこに特製のガーリック醤油ソースがかかっている。
「三品目、『焼物』です」
「ぬぅ……! さきほどの繊細さとは打って変わり、なんと暴力的な香りか!」
魔王の鼻孔が大きく膨らむ。 焦げた醤油とニンニク、そして牛脂の甘い香り。 本能を直接殴りつけるような「食欲の塊」だ。
「遠慮なく、ガブリといってください」
魔王はナイフとフォーク(使い方が分からず、手づかみで行こうとしたがセリアに教わった)を使い、肉塊を口に放り込んだ。
ガブッ。 ジュワァァァ……!
「んんんッー!!」
魔王が天を仰いで唸った。
「噛み切れる! 魔界の肉は岩のように硬いのに、これは歯が触れただけで解けるぞ! そして溢れ出す肉汁の洪水! 濃厚なタレの味が、舌を蹂躙しおる!」
「そこで、これです。四品目、『御食事』」
俺はタイミングを見計らって、炊きたての土鍋ご飯を差し出した。 蓋を開けると、真っ白な湯気と共に、一粒一粒が輝く「銀シャリ」が姿を現す。 添えられているのは、キュウリとカブのぬか漬け、そしてナメコの味噌汁だ。
「この白い粒は……?」
「『米』です。この肉汁たっぷりの口の中に、この白い飯を放り込んでみてください」
魔王は言われるがまま、肉の味が残る口へ、熱々のご飯を掻き込んだ。
ハフッ、ハフッ。 モグモグ……。
「…………ッ!!」
魔王の動きが止まった。 カッ! と目が見開かれる。
「……奇跡だ」
魔王は震える声で呟いた。
「この白い粒……それ自体は淡泊なのに、肉の脂と混ざり合うことで、とてつもない甘みと旨味に化ける! 脂っこさを中和し、次の一口を欲させる……。これは『白紙のキャンバス』だ! どんな味をも受け止める、大地の包容力そのものだ!」
「おかわり、ありますよ」
「よこせ! もっとだ! この漬物という塩気のある野菜も良い! 味噌汁も染みる! 止まらん、箸が止まらんぞぉぉぉ!」
魔王グラトニー、陥落。 彼は王としての威厳をかなぐり捨て、茶碗を片手に肉と飯を往復運動させる「ただの食いしん坊」と化した。
それを見ていた周囲の魔族兵たちも、すでにガレ軍から配給されたおにぎりと豚汁を貪り食い、涙を流して地面に突っ伏していた。 「うめぇ……」「生きててよかった……」という声が、戦場を埋め尽くす。 これが、ガレ流の戦争だ。




