49.逆包囲網
「見よ! あれが反逆者アレクの隠れ家だ!」
ガレの領境に、砂煙と共に三万の王都軍が姿を現した。 先頭を行く豪華な馬車(ただし塗装は剥げている)から、国王が立ち上がり、杖を振り上げている。
だが、その軍勢の姿は、とても「討伐軍」と呼べるものではなかった。 兵士たちは頬がこけ、鎧はブカブカ。馬も肋骨が浮き出ている。 行軍速度は遅く、彼らの目は「戦意」ではなく「食意」……つまり、どこかに食べ物はないかと血走っていた。
「総員、突撃せよ! あの村にある食料を奪い、我らの腹を満たすのだ!」
国王の号令は、悲痛な叫びに近かった。 彼らにとって、これは戦争ではなく「食糧調達(狩り)」なのだ。
ズズズン……。
軍が進み始めた、その時だった。
「待たれよ」
大気を震わせる重低音が響いた。 王都軍の左翼から、地響きと共に黒い影が現れる。
「ガ、ガリア帝国軍!?」
兵士たちが悲鳴を上げる。 そこにいたのは、漆黒の鎧に身を包んだギガン将軍と、彼が率いる精鋭『鉄竜騎兵団』五千騎。 全員が丸々と太り(ガレの飯のおかげ)、肌艶も良く、殺気ではなく覇気に満ちている。
「我が友、アレク殿の領地に手出し無用。……ここを潰されると、俺の毎晩の晩酌(味噌漬けと熱燗)がなくなるのでな」
ギガンが巨大な戦斧を構えると、それだけで王都軍の足が止まった。
「な、なぜ帝国がここに!?」
国王が狼狽える間もなく、今度は右翼から清らかな光が降り注いだ。
「不潔です。下がってください」
純白の法衣を纏った聖騎士団と、その中心にいる聖女ルミナ。 彼女は氷のような冷徹な瞳で王都軍を見下ろしている。
「この地は、聖教会が認定した『聖域(激辛カレーとラーメンの聖地)』です。貴方たちが汚い足で踏み荒らすことは許されません」
「せ、聖女ルミナまで!? 教会は中立のはずでは!」
さらに、背後の森からは無数の矢がつがえられる音が響く。
「人間同士の争いなんて興味ないけど……あそこのお酒と寿司が食べられなくなるのは困るのよね」
エリル王女率いるハイエルフの魔法弓部隊が、一斉に狙いを定めていた。
帝国、教会、エルフ。 本来なら決して手を組まないはずの三大勢力が、ガレを取り囲むように布陣し、王都軍を完全に包囲していたのだ。 共通の動機はただ一つ。「美味い飯を守れ」。
「ば、馬鹿な……! たかが農民一人のために、世界が動いているというのか!?」
国王は腰を抜かし、馬車の中にへたり込んだ。 勝てるわけがない。戦力差以前に、士気と栄養状態の差が絶望的だ。
「詰みだな、陛下」
その時、戦場の中央――両軍の緩衝地帯に、一人の男が歩み出た。 作業着にエプロン、手には調理器具を持った、我らが主人公アレクだ。
「ようこそガレへ。……無益な血を流す前に、少し話をしませんか? 美味しい肉でも焼きながら」




