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48.白い甘味

「すき焼きか……。響きだけでご飯が三杯いけそうです」


セリアが喉を鳴らす。 彼女もすっかり日本の食文化に染まっていた。


「だがセリア、すき焼きを作るには、まだ最後のピースが足りない」


俺は厨房に立ち、棚を確認した。 醤油はある。酒(日本酒)もある。牛太郎牧場の極上霜降り肉も、新鮮な卵もある。 足りないのは、あの濃厚な甘辛いタレ「割り下」を作るための、決定的な甘味だ。


「蜂蜜や果物じゃダメなんだ。純粋で、強烈な甘さを持つ『白い粉』が必要なんだ」


「白い粉……砂糖、ですか? でも、サトウキビは南の国じゃないと育ちませんよ?」


「フフフ、甘いなセリア。砂糖よりも甘い。俺は、寒冷地でも育つ『甘味の根』を、こっそり栽培していたのだ」


俺はセリアを連れて、冷蔵保存庫代わりの地下室へ向かった。 そこにあったのは、大根に似た、白くて太い根菜の山だ。


「これは……カブですか?」


「『甜菜てんさい』だ。別名、サトウダイコン。こいつの糖度はサトウキビに匹敵する」


俺は甜菜を洗い、細かく刻んで大鍋に入れた。 水を加えてグツグツと煮込む。 やがて、煮汁が甘い香りを放ち始める。


「この煮汁を濾して、さらに煮詰める。不純物を取り除き、濃縮し、結晶化させる……」


地味で根気のいる作業だ。 だが、俺は手を抜かない。 すき焼きの味は、砂糖と醤油のバランスで決まる。ここで妥協すれば、肉の味を殺してしまう。


数時間後。 鍋の底に残ったのは、キラキラと輝く白い結晶。


「できた……! ガレ産、純度100%のグラニュー糖だ!」


俺はひとつまみ舐めた。 雑味のない、突き抜けるような甘さ。脳が痺れるようなエネルギーの塊。


「これならいける。醤油と合わせれば、最強の割り下ができるぞ!」


俺はすぐに調理に取り掛かった。 小鍋に酒とみりん(もち米を発酵させて作った)を煮切り、アルコールを飛ばす。 そこに醤油と、完成したばかりの砂糖をたっぷりと投入する。


グルグルとかき混ぜ、ひと煮立ちさせる。 黒褐色の液体が、艶やかなとろみを帯びる。


ペロッ。


「……完璧だ」


甘辛さの中に、奥深いコクがある。 これだ。これさえあれば、ゴム底だろうが美味しく食える自信がある。ましてや相手は、世界最高峰の牛肉だ。


「準備は整ったな」


俺はエプロンを外し、作業着に着替えた。 外では、コボルトたちが慌ただしく走り回っている。 偵察隊の報告によれば、王都軍はすでに行軍を開始し、あと三日でガレに到着するという。


「セリア、招待状を送れ」


「招待状? 誰にです?」


「俺のメシ友たちだ。ギガン将軍、聖女ルミナ、エリル王女。……彼らに伝えてくれ。『最高の鍋パーティーを開くから、手ぶらで来い。ただし、ちょっとした用心棒代わりになってもらうけどな』ってな」


セリアは呆れたように笑い、そして力強く敬礼した。


「承知しました。……あの国王陛下、相手が悪すぎましたね」


舞台は整った。 鉄鍋と砂糖と醤油で、一国の軍隊を迎え撃つ。 前代未聞の「すき焼き戦争」の始まりだ。

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