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44.決戦、魔海峡

沖に出ると、海の色が変わった。 明るい青から、底知れぬ深淵を思わせる濃紺へ。 波が高くなり、不気味な静寂が辺りを包む。


「……来ます」


船首に立っていたセリアが、海面を睨みつけて警告した。 彼女の手には、対魔獣用の大剣が握られている。


「ソナー(音波探知魔法)に反応あり! 真下だワン!」


コボルトの観測員が叫ぶと同時だった。


ドバァァァァァァッ!!


海面が爆発したかのように盛り上がり、山のような巨体が出現した。 ぬらりと光る赤黒い皮膚。 船のマストよりも太い、無数の触手。 そして、人間を丸呑みできそうな巨大な眼球と、鋭いクチバシ。


「ギシャァァァァァッ!!」


大王イカ、クラーケンだ。 その大きさは「大漁丸」の倍はある。普通の木造船なら、触手の一撃で粉砕されるだろう。


「出たな、食材!」


俺は恐怖するどころか、舌なめずりをした。 デカイ。あまりにデカイ。 あれ一本の足で、何人分のイカリングができるだろうか。


「ギシャッ!(小賢しい小舟め!)」


クラーケンが触手を振り上げ、叩きつけてくる。 ドォォォォン!! 凄まじい衝撃が走るが、「大漁丸」のコンクリート装甲はビクともしない。表面が少しかけた程度だ。


「硬い!?(なんだこの硬さは!?)」


クラーケンが動揺した隙に、俺はガンテツ特製の「超巨大釣り竿クレーン」を操作した。 針には、牛王牧場から持ってきた熟成肉のブロック(牛一頭分)が付いている。


「食らえ、特選霜降りビーフだ!」


ヒュンッ! 巨大な餌が、クラーケンの目の前に着水する。 血の匂いと脂の甘い香り。 海の魔物は、その誘惑に抗えなかった。


バクッ!


クラーケンが餌に食らいついた。 その瞬間、俺はリール(巻き上げ機)のレバーを全力で引いた。


「かかったァァァッ!!」


ガキィィィィッ! 世界樹の繊維で編んだ釣り糸が、ピンと張り詰める。 船全体がきしむ音がする。


「ギィィィ!?(痛い!? 引っ張られる!?)」


クラーケンが暴れる。その怪力で船ごと海に引きずり込もうとする。 だが、こちとら「不沈艦」だ。浮力が勝つか、怪力が勝つか。


「セリア! 邪魔な足を払え!」 「はいッ! 流剣術・海燕!」


セリアが甲板を蹴り、空中で舞う。 銀光一閃。 船に絡みつこうとした触手が、スパパンと切断される。


「ギャァァァッ!」


「コボルト隊、モリを撃て!」 「ワン! 発射ァ!」


バリスタから放たれた銛が、クラーケンの胴体に突き刺さる。 銛にはロープが付いており、船とクラーケンを完全に繋ぎ止める。


「逃がさねぇぞ……! お前はもう、俺の出汁ダシの一部だ!」


俺は農作業で鍛えた背筋と、ステータス補正(農民の底力)を全開にして、リールを回し続けた。


「うおおおおぉぉぉッ!! 上がれェェェッ!!」


メリメリメリ……。


クラーケンの巨体が、徐々に海面から引きずり出されていく。 空中に吊るされた魔物は、太陽の光を浴びて無力にもがく巨大なイカの姿そのものだった。


「とどめだ、ガンテツ!」 「おうよ! 新開発『雷撃魔法弾』、食らえい!」


ガンテツが大砲のトリガーを引く。 ドチュンッ! 放たれた魔法弾がクラーケンの眉間に命中し、強烈な電撃が全身を駆け巡った。 神経締め、完了だ。


「……獲ったどーッ!!」


俺が拳を突き上げると、セリアとコボルトたち、そして遠くの浜辺で見ていた漁師たちから、割れんばかりの歓声が上がった。


こうして、ナギサの海を支配していた恐怖の象徴は、俺たちの「今晩のおかず」へと変わったのだった。

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