40.すすめ! ラーメン行列
「ズズッ……ズズズッ!」
ガレの青空の下、聖女、将軍、女騎士、そして元農家という異色すぎる面々が、無言で麺をすすり続けていた。
最初に沈黙を破ったのは、やはり聖女ルミナだった。
「……信じられません」
彼女は口元の脂を拭うことも忘れ、呆然とスープを見つめていた。
「なんなのですか、このスープは……。見た目は泥水のように濁り、脂が浮いているのに……口に入れた瞬間、その脂が甘く溶けて、暴力的なまでの『旨味』が舌を蹂躙します」
彼女の瞳が揺れている。
「清浄な水では決して味わえない、濃厚で、粘り気のあるコク。それが、この黄色い縮れ麺に絡みつき、喉を通るたびに快楽物質が脳を駆け巡る……。不潔です。不潔なのに……止まりません!」
「ガハハ! その通りだ聖女様!」
ギガン将軍が空になった丼をドンと置いた。
「この脂が良い仕事をしておる! スープの熱を逃さず、いつまでも熱々だ! それにこの巨大な肉塊! 噛む必要すらない、舌で崩れる柔らかさよ!」
「麺も最高ですアレク様!」
セリアも夢中で食べている。
「この縮れが、スープを『持ち上げて』くるのですね! 噛むたびにプツンと弾けるコシ……。パンよりも満足感があります!」
三者三様の絶賛。 俺は勝利を確信し、ニヤリと笑って、とっておきの「味変アイテム」を取り出した。
「お前たち、まだ満足するのは早いぞ。こいつを入れてからが本番だ」
俺が小皿で差し出したのは、白く刻まれた薬味。 生ニンニクのみじん切りだ。
「……ニンニク、ですか?」
ルミナが眉をひそめる。
「そのような臭気の強いものを……。ただでさえ獣臭いスープに入れたら、口臭が大変なことになります。聖女として、人前に出られなくなります」
「そうか? こいつを入れると、スープの味が劇的に変わるんだがな……。まあ、嫌なら無理には勧めな――」
俺が言い終わるより早く、ルミナの手が伸びた。 彼女は迷いなく、スプーン山盛りのニンニクを丼に投下した。
「聖女様!?」
「……神よ、お許しください。今の私は聖女ではありません。ただの空腹な羊です」
彼女は開き直った目で、ニンニクをスープに溶かし込み、再び麺をすすった。
ズズッ……!!
カッッッ!!
ルミナの背後に、後光が差した(ように見えた)。
「ンンンッー!! 凶悪! 凶悪です!」
彼女は叫んだ。
「ニンニクの刺激が脂の甘みを引き締め、パンチ力が三倍に跳ね上がりました! これはもう料理ではありません、合法的な『快楽の薬』です! 汗が……汗が止まりませんわ!」
「おっ、わかってるねぇ。じゃあ次は『替え玉』行くか?」
「カエダマ……? よくわかりませんが、頂きます! 麺硬めで!」
「俺もだ! ニンニク・アブラ・マシマシで頼む!」
こうして、ガレの広場は、聖女と将軍の「おかわりコール」が響くラーメン二郎……いや、ラーメン屋台と化した。 その強烈な匂いに釣られ、エルフのエリル王女やコボルトたちも行列を作り始め、寸胴鍋はあっという間に空になった。
◇
数日後。 ガレの領地の一角に、新たなエリアが誕生していた。 その名も「ラーメン横丁」。
屋台が立ち並び、昼夜を問わず湯気と醤油の香りが漂うその場所は、大陸中から食通や冒険者が集まる聖地となっていた。 特に、巨大な「牛王」の像が飾られた本店は、行列の絶えない人気店だ。
「ブモ〜」
牧場の柵の中では、すっかり野生を失った元・牛王の牛太郎が、のんびりとサイレージを反芻している。 彼の群れから採れるミルクは、ラーメンの後のデザート(ソフトクリーム)に使われ、これまた爆発的な人気を博していた。
「平和だな……」
俺は牧場の柵に寄りかかり、ソフトクリームを舐めながら呟いた。
米、味噌、醤油、酒、そしてラーメン。 俺が前世で愛した味は、ほぼ再現できた。 領地は豊かになり、王家や帝国、教会との関係も(食を通じて)良好だ。 もう「追放された元貴族」なんて陰口を叩く奴はいない。
「アレク様、次は何を?」
隣で同じくソフトクリームを食べているセリアが尋ねる。 彼女の口元には、白いクリームがちょこんと付いている。
「そうだな……」
俺は南の空を見上げた。 ラーメンのスープを作っていて、ふと思ったのだ。 牛骨や豚骨もいいが、やはり「魚介」の出汁がもっと欲しい。 煮干し、昆布、カツオ節。 川魚では限界がある。本物の「海」の幸が必要だ。
「海に行くか、セリア」
「海、ですか? ここからだとかなり遠いですが……」
「遠くても行く価値はある。昆布出汁のラーメン、それに本物のマグロの寿司……。それに、海にはまだ見ぬ『調味料』が眠っているかもしれない」
「ふふっ。貴方の食への執念には、呆れるのを通り越して感服します」
セリアが笑う。 俺も笑った。
「準備をしておけ。次は『大航海時代』だ。ガレの船団で、海の幸を根こそぎ獲り尽くすぞ!」
俺たちの泥だらけの開拓記は、陸を制し、いよいよ海へと広がろうとしていた。 世界最高の食卓を作るための戦いは、まだまだ終わらない。




