39.牛骨の錬金術
翌朝。 ガレの広場には、異様な匂いが充満していた。
「臭い……いや、良い匂い? なんというか、本能を揺さぶる獣の匂いです」
セリアが鼻をクンクンさせている。 匂いの発生源は、広場の中央に設置された巨大な寸胴鍋だ。
中に入っているのは、レッド・バイソンの大腿骨と背骨。 それを、叩き割って髄を露出させ、ネギ、ショウガ、ニンニクと共に丸二日間、強火で煮込み続けたものだ。
「仕上げだ」
俺は鍋の中を巨大なヘラでかき混ぜた。 最初は透明だった水が、骨から溶け出したコラーゲンと脂で乳化し、ドロリとした白濁スープに変わっている。 いわゆる「牛骨白湯」だ。豚骨よりも牛骨のほうが甘みが強く、クリーミーなのが特徴だ。
「丼を用意しろ!」
俺は手際よく調理を始めた。
丼の底に、特製の「醤油ダレ(チャーシューの煮汁と魚介出汁をブレンドしたもの)」を入れる。 そこに、熱々の白濁スープを注ぐ。
ジュワァァァ……!
醤油の香ばしさと、牛骨の獣臭が混ざり合い、暴力的なまでの「飯テロ」香気が爆発する。
茹で上がった縮れ麺を投入し、箸で整える。 その上に乗せるのは――
・レッド・バイソンのバラ肉で作った、箸で切れるほど柔らかい【巨大チャーシュー】。 ・半熟とろとろの【味玉】(コカトリスの卵)。 ・森で採れたメンマ代わりの【筍の煮付け】。 ・山盛りの【刻みネギ】。 ・そして最後に、バイソンの背脂を網で濾して振りかける【チャッチャ系背脂】。
「完成だ……。ガレ特製、『牛骨背脂醤油ラーメン・全部乗せ』!」
ドンッ! と置かれた丼からは、神々しいほどの脂の輝きと、凶悪なカロリーのオーラが漂っている。
「ゴクリ……」
セリアが喉を鳴らす。 その時だった。
「な、なんなのですか、この卑猥な匂いは!」 「ぬおぉッ! わ、我慢できん! 体が勝手に動くわ!」
広場の入り口から、二人の珍客が猛ダッシュで現れた。 聖女ルミナと、ギガン将軍だ。 二人はそれぞれ「教会の会議」と「軍事演習」を放り出し、匂いに釣られて転移魔法と地竜の全力疾走ですっ飛んできたらしい。
「あ、アレク! 貴方はまた、こんな……こんな不浄の極みのような料理を!」
ルミナが丼を指差して震えている。
「見てください、このスープの濁りを! 表面に浮いた脂の層を! 清浄なる水への冒涜です! こんなギトギトしたものを体内に入れたら、血管が詰まって死にます!」
口では罵倒しているが、彼女の目は丼に釘付けで、口元からはヨダレが垂れそうになっている(ハンカチで必死に押さえている)。
「ガハハ! 聖女様は相変わらず堅いな! 俺は食うぞ! この暴力的な見た目、まさに男の料理だ!」
ギガン将軍は躊躇なく席についた。
「座れよ、ルミナ。カレーの時も言ったろ? 毒か薬か、食ってから判断しろ」
俺がニヤリと笑うと、ルミナは葛藤の末、プルプルと震えながら席についた。
「……一口だけです。一口食べて、不潔だと判断したら浄化しますからね!」
「はいはい。じゃあ、熱いうちに食え。麺が伸びちまう」
「「いただきます!」」
三人が同時に箸を割り(使い方も上達している)、麺を持ち上げた。 黄色い縮れ麺が、濃厚なスープと背脂をたっぷりと絡め取って持ち上がる。
ズルッ、ズルズルッ!
盛大なすする音が、ガレの青空に響き渡った。




