表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/45

37.赤き荒野の牛王

西の開拓地は、地獄絵図と化していた。


ドシィィィン! ドシィィィン!


地響きと共に、土煙が舞い上がる。 そこには、百頭を超える赤い野牛の群れが、畑を蹂躙していた。 そして、その中心に君臨するのが、ひときわ巨大な「牛王」だ。


全身が燃えるような赤毛に覆われ、筋肉の塊のような巨体。 頭部には、ねじれた二本の巨大な角が生えている。 鼻息一つで大木を吹き飛ばし、蹄の一撃で岩を砕く、まさに生物兵器。


「うわぁぁぁ! 剣が通じねぇ!」 「魔法も弾かれたぞ! 逃げろ!」


雇われた冒険者たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。 彼らの攻撃は、牛王の分厚い皮と筋肉の鎧に阻まれ、傷一つつけることができない。


「ブモォォォォォォォッ!!」


牛王が勝利の雄叫びを上げる。 その声だけで空気がビリビリと震える。


「……素晴らしい」


俺は安全な丘の上から、その姿を見下ろして感嘆の声を上げた。


「見てみろセリア、あの上質な赤身! 霜降りが期待できそうな肩ロース! そしてあの太い大腿骨! あれなら最高の『ゲンコツ(出汁用の骨)』が取れるぞ!」


「アレク様、正気ですか!? あんなのと戦ったらミンチにされますよ!」


セリアが震えている。無理もない。生物としての格が違う。 だが、俺には勝算があった。


「戦うんじゃない。交渉するんだ」


「牛と交渉ですか!? 言葉なんて通じませんよ!」


「言葉はいらない。『胃袋』で語り合うのさ」


俺は担いでいた麻袋を下ろし、中身を取り出した。 それは、発酵して酸っぱいような、甘いような、独特の匂いを放つ牧草の塊だった。


「サイレージだ」


「さいれーじ?」


「牧草を乳酸発酵させた保存食だ。牛にとっては、極上の漬物であり、デザートみたいなもんだ。特にこの特製品には、失敗作の『どぶろく』を混ぜてあるから、香りが強烈だぞ」


俺は風上に向かって立ち、サイレージの束を大きく振った。


「おーい! 牛さんたちー! 飯の時間だぞー!」


風に乗って、甘酸っぱいアルコールの香りが戦場へと流れていく。


ピクッ。


暴れ回っていた牛王の動きが止まった。 巨大な鼻孔がヒクヒクと動く。 続いて、周囲のバイソンたちも一斉に鼻を鳴らし始めた。


「ブモ……?」


牛王がゆっくりとこちらを向いた。 その目は、さっきまでの殺戮者の目ではない。 「なんだこの美味そうな匂いは?」という、食いしん坊の目だ。


「グルルゥ……(美味そうな匂いだワン……)」 隣でコボルトたちまでヨダレを垂らしている。お前らは草食じゃないだろ。


「よし、食いついた。……来るぞ!」


ズシン、ズシン。


牛王が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ歩き出した。 冒険者たちが唖然として見守る中、5メートルの巨体が俺の目の前まで迫る。 見上げれば、ビルのような威圧感だ。鼻息だけで吹き飛ばされそうだ。


「ブモォ!(よこせ!)」


牛王が鼻先を突き出してくる。 俺は怯まずに、サイレージの束をその鼻先に差し出した。


「ほら、食ってみろ。ガレ特産の『酔っ払い牧草』だ」


ハムッ。


牛王が巨大な舌で牧草を巻き取り、口に入れた。 咀嚼する。 クチャ、クチャ……。


カッッッ!!


牛王の瞳孔が開いた。


「ブモォォォォォォッ!!(美味いぞォォォォッ!!)」


牛王が歓喜の声を上げ、その場にゴロンと転がった。 アルコール分と、発酵による旨味成分が、野生の粗食しか食べてこなかった彼の脳を直撃したのだ。


「ちょろいもんだ」


俺は転がって腹を見せている牛王のあごを撫でてやった。 剛毛だが、温かい。


「今日からお前の名前は『牛太郎ぎゅうたろう』だ。俺の牧場で、美味しいミルクと労働力を提供してもらうぞ」


「ブモッ!(御意ッ!)」


もはや彼に野生のプライドはない。あるのは「もっとくれ」という忠誠心だけだ。 後ろにいた百頭の群れも、我先にと擦り寄ってくる。


「……信じられません。災害級の魔獣を、草の束ひとつで……」


セリアが口を開けたまま立ち尽くしている。 冒険者たちも腰を抜かしている。


こうして、ガレの領地に「最強の牧場」が誕生した。 材料(肉と骨)は揃った。 次は「麺」だ。


「セリア、次は塩湖に行くぞ! あそこで『かんすい』をゲットすれば、ラーメン完成への道が開ける!」


俺は牛太郎の背中に跨り(乗り心地は最高だ)、高らかに宣言した。 究極の一杯まで、あと少しだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ