34.白き断罪者
熱砂の彼方から現れたのは、場違いなほど真っ白で、巨大な輿だった。 純白のベールに包まれたその輿は、四人の屈強な神官戦士によって担がれているが、その足取りは重い。
「……止まりなさい」
輿の中から、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声が響いた。 神官たちが膝をつき、輿を地面に下ろす。 ベールが開かれると、そこには異様な光景があった。
輿の中は、外の熱気が嘘のように冷んやりとした空気が漂っている(氷魔法による空調だろう)。 そして、幾重にも重ねられた薄絹のクッションの上に、一人の少女が鎮座していた。
雪のような白髪。 色素の薄い水色の瞳。 肌は陶器のように白く、少しでも触れれば割れてしまいそうな儚さがある。 口元には薄い布を巻き、外気を直接吸い込まないようにしているようだ。
聖女ルミナ。 聖教会の象徴であり、「潔癖の聖女」と呼ばれる存在。
「……臭います」
ルミナは開口一番、眉をひそめてそう言った。
「獣の臭い。汗の臭い。そして何より……腐敗と菌の気配がします」
彼女の視線が、俺――アレクに突き刺さった。
「貴方ですね。騎士団長が言っていた『異端者』は」
「俺はアレク。ただの農家だ。……初対面の相手に『臭う』とは、随分な挨拶だな」
俺が肩をすくめると、ルミナの周囲にいた神官たちが色めき立った。
「無礼者! 聖女様のお言葉であるぞ!」 「貴様のような泥まみれの男が、聖女様の視界に入ることすら汚らわしい!」
ルミナは無表情のまま、俺を観察した。
「貴方からは、おぞましい気配を感じます。土の中の無数の虫や、目に見えない微小な生物(菌)と共生している……いいえ、それらを愛している気配が。生理的に受け付けません」
彼女はハンカチで口元をさらに強く押さえた。
「この世界は『清浄』であるべきです。泥や菌、そして刺激物は精神を濁らせる『汚れ(ケガレ)』。それらを排除し、無菌の楽園を作ることこそが神の意志。……騎士団長、焼き払いなさい」
彼女は事も無げに言った。 まるで、テーブルの上の埃を拭き取れと命じるように、俺たちを消せと言ったのだ。
「待てよ」
俺は一歩前に出た。
「アンタの言う『清浄』ってのは、何もかも殺すってことか? 菌がいなけりゃ、植物は育たない。植物が育たなけりゃ、動物も人間も生きられない。アンタが食べてるパンだって、酵母菌のおかげで膨らんでるんだぞ」
「パンは神の恵みです。菌などという汚らわしいものの仕業ではありません」
話が通じない。典型的な狂信者だ。 しかも、俺の「観察眼」は見てしまった。 彼女のその白い肌が、単なる色白ではなく、極度の栄養失調と血行不良による「病的蒼白」であることを。
「……アンタ、飯を食ってないな?」
「!」
ルミナの眉がピクリと動いた。
「食事は不潔です。排泄という不浄な行為に繋がりますから。私は聖水と、清められた果実(魔力処理されたサプリメントのようなもの)のみで生きています」
「だからそんな幽霊みたいに青白いんだよ。体温も低いだろ? そんな体じゃ、夏バテどころか、風邪ひとつで死んじまうぞ」
俺の指摘は図星だったらしい。彼女は不快そうに目を細めた。
「……不愉快です。やはり貴方は『汚れ』の王ですね。ここで浄化します」
ルミナが手をかざす。 その掌に、高密度の光魔法が収束していく。 まずい。あれは「ホーリー・レイ」。直撃すれば消し炭だ。 セリアが剣を構え、ミーシャが悲鳴を上げる。
「待て! 勝負だ!」
俺は大声で叫んだ。
「俺がこれから作る料理を食ってみろ! それが『毒』か『薬』か、アンタの体で試してみろ!」
「……は?」
ルミナの手が止まる。
「アンタは俺たちが守ったスパイスを『悪魔の草』と言ったな? なら、それをたっぷり使った料理を食べて、もし体に害があれば、俺は大人しく浄化されてやる」
俺はニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「だが、もしそれを食べてアンタが元気になっちまったら……俺たちの勝ちだ。教会はこの砂漠から手を引け」
ルミナは侮蔑の眼差しを向けた。
「私が、貴方のような男が作った汚らわしい料理を口にするとでも?」
「怖いのか? 潔癖の聖女様は、たかが料理ひとつで信仰が揺らぐほど脆いのか?」
「…………」
静寂が流れる。 やがて、ルミナは冷たく言い放った。
「いいでしょう。その愚かさ、後悔なさい。私が『汚れ』に屈することなどあり得ません」
勝負成立。 俺はミーシャに向かって指を鳴らした。
「ミーシャ! 鍋とスパイスを準備しろ! ガレの夏野菜もだ!」 「ニャ! 任せろニャ! とびっきりの激辛にしてやるニャ!」




