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27.森からの侵略者(ただし美少女)

その夜。 ガレの屋敷は静まり返っていた。セリアは二日酔い確定の眠りにつき、コボルトたちも犬小屋で寝息を立てている。


だが、俺は違和感に目を覚ました。 「観察眼」スキルが、微かな侵入者の気配を捉えたのだ。


(……ネズミか? いや、もっと大きい)


場所は、酒蔵だ。 俺は枕元のミスリル・ホー(開拓丸)を掴み、音もなく部屋を出た。


酒蔵に近づくと、鍵がかかっているはずの扉が、魔法か何かで解錠され、半開きになっている。 そして、中から音が聞こえてきた。


「……んぐ、んぐ、んぐ……。ぷはぁっ!」


誰かが飲んでいる。 俺の大事などぶろくを、勝手に。


「泥棒か」


俺は扉を蹴破り、中に飛び込んだ。


「動くな! 俺の酒に手を出した罪は重いぞ!」


「ひゃうっ!?」


タンクの前に座り込んでいた人影が、驚いて飛び跳ねた。 月明かりに照らされたその姿を見て、俺はクワを振り上げたまま固まった。


そこにいたのは、人間ではなかった。 透き通るような金色の髪。 宝石のような緑色の瞳。 そして、髪の間から突き出た、長く尖った耳。


「……エルフ?」


しかも、ただのエルフではない。 身に纏っているのは、薄絹のような高級な織物。肌からは高密度の魔力が立ち上っている。 上位種族、ハイエルフだ。


だが、その「高貴なる森の住人」は今、柄杓を片手に持ち、口の周りをどぶろくで真っ白に汚していた。


「あ、あの……これは、その……」


エルフの少女は、顔を真っ赤にして視線を泳がせた。 泥棒が見つかった気まずさと、酔いが回っているのとで、茹でダコのようになっている。


「ええと、私は……視察に来たのです! そう、森の賢者として、人間が怪しい実験をしていないか、確認しに……!」


彼女は立ち上がろうとして、足をもつれさせ、その場にコケた。


「きゃうっ!」


「……視察ねぇ。随分と熱心に『味見』をしていたようだが?」


俺はジリジリと距離を詰めた。


「い、いやらしい目で見ないでください! 私を誰だと思っているのですか! 私は『深緑の森』を統べるハイエルフの王女、エリル・シルフィードですよ!」


「王女様がコソ泥か。世も末だな」


「コソ泥ではありません! ……匂いが! 風に乗って、とんでもなく芳醇な『神の蜜』の香りが漂ってきたから、つい……確認せずにはいられなくて……!」


エリル王女は、涙目になりながらタンクを指差した。


「なんなのですか、これは!? エルフ秘伝の果実酒より甘く、ドワーフの火酒より深みがある! 一口飲んだだけで、体中のマナが沸騰するような……こんな『魔酒』、人間如きに作れるはずがありません!」


どうやら、俺のどぶろくはエルフの味覚をも破壊してしまったらしい。 「酒は百薬の長」と言うが、魔力感受性の高いエルフにとって、純米酒はマナポーション以上の効果があるようだ。


「気に入ったか?」


俺が尋ねると、彼女はコクコクと激しく頷いた。プライドなどとうに酒に溶けている。


「欲しい! これを森に持ち帰りたい! これがあれば、長老たちの腰痛も治るし、私も毎日ハッピーになれる!」


「タダではやらんぞ。これは俺たちが汗水垂らして作った最高傑作だ」


俺は商人の顔になった。 相手はハイエルフ。人間が足を踏み入れられない「深緑の森」の王女だ。 金貨なんてつまらないものは要求しない。


「取引だ、エリル王女。この酒が欲しいなら、それに見合う『対価』を払え」


「た、対価……?」


彼女は自分の体を抱きしめ、「まさか、私の純潔を……?」みたいな顔をしたが、無視した。


「建材だ。俺の領地は今、住宅不足でな。普通の木材じゃ面白くない。……森に、『世界樹の枝』とか落ちてないか?」


「せ、世界樹!? あれは森の守り神ですよ!?」


「じゃあ酒は無しだ。全部捨てて酢にする」


「待ちたまえェェェッ!!」


エリルが俺の足にすがりついた。


「わ、わかった! わかったから捨てないで! 世界樹の枝でも葉っぱでも、剪定したやつが山ほど余ってるから持ってくるわ! だからそのお酒をぉぉぉ!」


「交渉成立だな」


俺はニヤリと笑った。 これで、コンクリートに続く新たな最強建材「世界樹」が手に入る。 ガレの町並みが、さらにファンタジーなことになりそうだ。


翌朝。 酒蔵で雑魚寝していた俺とエリル(二日酔い)を、起きてきたセリアが発見した。


「……アレク様。ついに異種族の誘拐にまで手を染めましたか」


「人聞きが悪い。これは外交だ」


俺は頭痛をこらえるエリルに水を渡しながら言った。 こうして、ガレの領地には「コボルト」「人間」に続き、「エルフ」という新たな住人(兼・酒飲み友達)が加わることになった。


だが、賑やかになる一方で、ガレの境界線には、薄汚れた影が近づいていた。 かつての栄光を失い、飢えた亡者のようになった「家族」たちが、最後の悪足掻きをしにやってくるのだ。

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