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25.豆腐と醤油の防衛戦

「毒味は済ませた! 総員、警戒しつつ待機せよ!」


結局、ギガン将軍とその側近たち数名は、ガレの広場に設けられた野外テーブルに座っていた。 「罠かもしれん」と警戒してはいるが、漂ってくる匂いの誘惑には勝てなかったらしい。


「さて、小僧。貴様の料理とやらを見せてもらおうか。もし不味ければ、その首を刎ねて肥料にするぞ」


ギガンが腕を組んで威圧する。 俺は厨房(コボルトたちが作った即席キッチン)に立ち、セリアに目配せした。


「あいよ! お待ちどう!」


ドンッ、とテーブルに置かれたのは、三つの皿だ。


一つ目は、湯気を上げる茶色いスープ。具にはロックイーターの肉と根菜がたっぷり入っている。 【豚汁トンジル】だ。


二つ目は、白い直方体の塊。上には刻んだネギと生姜、そしてかつお節(魚粉)が踊り、黒い液体がかけられている。 【冷奴ヒヤヤッコ】だ。


三つ目は、油で揚げられ、黄金色の衣を纏った豆腐。とろみのある出汁がかかっている。 【揚げ出し豆腐】だ。


「……なんだこれは。肉のスープはわかるが、この白い物体は? それに、この黒いソースは毒ではないのか?」


ギガンが冷奴を指差して警戒する。


「白いのは『豆腐』。大豆の化身だ。黒いのは『醤油』。大豆の血液だ。……まあ、講釈はいいから食ってみろ。まずはその冷奴からだ」


俺に促され、ギガンは恐る恐るスプーンで冷奴を掬った。 フルフルと震える白い肌。黒い醤油とのコントラストが美しい。


「ふん、軟弱な食い物だ。歯ごたえがなさそうだが……」


パクリ。


巨漢の将軍が、小さな一口を食べる。 その瞬間。


カッッッ!!


ギガンの背後に、稲妻が走る幻覚が見えた(気がした)。


「!?!?!?」


ギガンが目を見開き、フリーズする。


「な、なんだ……この味はァッ!?」


彼は叫んだ。


「ただの淡白な塊ではないのか!? 口に入れた瞬間、とろりと溶け、豆の甘みが広がる! そこに、この黒い液体……『醤油』か!? こいつがガツンと殴りかかってくる!」


「醤油の塩気が豆腐の甘みを引き立て、薬味のネギと生姜が全体を引き締める。シンプルだが完成された味だろ?」


「う、美味い……! 肉も脂もないのに、なぜこれほど満足感があるのだ! まるで極上のステーキを食べているような……いや、それ以上に奥深い!」


ギガンのスプーンが止まらない。 次は揚げ出し豆腐だ。 カリッとした衣を破ると、中は熱々でトロトロ。出汁の旨味を吸った衣が、口の中でジュワッと弾ける。


「こっちは熱い! だが美味い! 外はカリカリ、中はフワフワ! 食感の波状攻撃だ!」


そして、とどめの豚汁。 味噌のコクと、肉の脂が溶け込んだスープ。


ズズッ……。


「…………ふゥーッ」


ギガンが深く、長く息を吐いた。 その凶悪な面構えが、まるで温泉に入った猿のようにとろけている。


「染みる……。戦場で冷え切った体に、このスープが染み渡る……」


「味噌には体を温める効果があるからな。どうだ将軍、これでもまだ、この領地を潰す気か?」


俺が尋ねると、ギガンはハッと我に返った。 だが、その目にもはや殺気はない。あるのは「おかわりはあるのか?」という懇願だけだ。


「……認めよう。貴様の勝ちは、我々の負けだ」


ギガンは空になった器を置いた。


「この料理は国宝級だ。特にこの『醤油』と『味噌』……これを作り出す技術は、金鉱脈以上の価値がある。もし我々が攻め込み、この地を荒らしていれば、この味は永遠に失われていただろう。それは人類への背信行為だ」


彼は立ち上がり、俺に向かって右手を差し出した。


「アレク殿、と言ったな。ガリア帝国は撤退する。いや、貴殿の領地とは『不可侵条約』を結びたい。……ついては、この黒い液体を、我が軍に定期的に卸してはもらえないだろうか?」


「商談成立だな」


俺はガッチリと彼の手を握り返した。 握力で潰されそうになったが、なんとか耐えた。


「ただし、安くはないぞ? 手間暇がかかってるんでな」


「構わん! 軍事費を削ってでも買う! これがあれば兵の士気は倍増する!」


こうして、五千の軍勢は、誰一人血を流すことなく撤退していった。 彼らの背嚢はいのうには、土産として持たせた「味噌と醤油の小瓶」が入っている。 彼らは故郷に帰り、この味を広めるだろう。 それはどんなプロパガンダよりも強力な、「ガレのファン」を増やす布教活動となるはずだ。


   ◇


その夜。 騒動が去った静寂の中で、俺は一人、食卓に向かっていた。


目の前には、最強の布陣が並んでいる。


炊きたての銀シャリ。 湯気を上げる豆腐とワカメの味噌汁。 香ばしい醤油を垂らした冷奴。 そして、焼き魚(近くの川で捕れたアユに似た魚)。


「……長かった」


俺は箸(ガンテツに作らせた塗り箸)を手に取り、震える声で呟いた。 転生してから四年。 土を作り、水を引き、種を探し、カビと戦い、やっとここまで来た。


「いただきます」


ご飯を口に運び、味噌汁を啜る。 米の甘みと、味噌の塩気。 二つの味が口の中で混ざり合い、DNAに刻まれた記憶を呼び覚ます。


「うっ……ううっ……」


涙が止まらなかった。 美味い。ただひたすらに美味い。 どんな魔法の料理も、このセットには敵わない。


「アレク様……?」


物陰から様子を伺っていたセリアが、心配そうに出てくる。


「泣くほど……美味しかったのですね」


「ああ。最高だ。……日本人でよかった」


「ニホンジン? ……よくわかりませんが、私もご相伴にあずかっていいですか?」


「もちろん。座れセリア。冷めないうちに食おう」


俺たちは並んで箸を動かした。 ガレの夜空には満天の星。 カエルの鳴き声と、味噌汁を啜る音だけが響く。


こうして、俺の「和食復興計画」は一つの到達点を迎えた。 だが、世界はまだ俺を放っておかない。 「世界最強の調味料を持つ領地」として、ガレの名前は大陸全土に轟き、今度は人間だけでなく、エルフやドワーフ、さらには魔王軍までもが、この「飯」を求めて動き出そうとしていた。

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